東山魁夷の青

 八幡家のリビングに飾ってある、東山魁夷(ひがしやまかいい)画伯の絵画「緑響く」です。9年前に家を建てたときに、「フォーラムkaya」で購入しました。高かったです。静寂感の漂う水辺の風景は、日本画の伝統的なモチーフですね。湖のほとりに、森閑とした森を背景に、針葉樹の木々が湖面に反映する。実像と湖面の鏡面反射による倒影が織りなす中に、ぽつんと白い馬が配されています。私は入り江の水が、まるで澄み切った鏡のようになって、森や島をはっきりと映しているのを見た。全く同じ形の風景が上下にぴったり結びつくと、もう、見慣れた風景ではなく、超現実的な世界に変貌する。私は外へ出て、いろいろな角度から入り江を眺め、このあまりに清澄で、かすかな息吹さえ止まったかに見える風景の中から、いくつかの構図を得た(『芸術新潮』) この作品の構想を考えていたとき、東山先生の頭の中にはモーツァルトのピアノ協奏曲IMG_3370K488番の第二楽章が鳴り響き、そこに思いがけなく一頭の白い馬が姿を現したそうです楽器の合奏の中を、ピアノの静かな旋律が通り過ぎる」と表現しておられます。モーツアルトをこよなく愛し影響を受けたことについては、奥様の東山すみさんも、モーツアルトの音楽は東山にとって非常に心の休まるメロディーが多く、時には励まされたり、創造のイメージをふくらませたり、いろんな意味でモーツアルトを愛していました」と語っておられます(『東山魁夷を語る 東山すみ対談集』(美術年鑑社))。

 

 風景画しか描かなかった東山先生の1972年(昭和47年)の絵画に、突如として白い馬が登場し始めます。絵の中の白馬は、全身に自然の息吹を浴びて、生き生きと輝いていますね。全部で18作品あるんですが、私はこれが大のお気に入りで、全部買いたいと思っています…が、値段が…。家を建てるときに、奮発してもう一枚買いました。あと16作品!以下は、東山先生の言葉です(下線は八幡)。

 ある時、一頭の白い馬が、私の風景の中に、ためらいながら、小さく姿を見せた。すると、その年(1972年)に描いた十八点の風景の全てに、小さな白い馬が現れたのである。白い馬は、たとえば協奏曲ならば、独奏楽器による主題であり、その変奏である。協奏する相手のオーケストラは、ここでは風景である。白い馬は風景の中を、自由に歩き、佇み、緩やかに走る。しかし、いつも、ひそやかに遠くの方に見える場合が多く、決して、前面に大きく現われることはない。この小さな白い馬の出現は、私にとって思いがけないことである。一切の点景を排した風景を描き続けてきた私であるし、人もそれを私の特色と思っているに違いない。白い馬は何処から来たのか?

 ずっと以前、私がよく風景の中に白い馬を描いた時期があった。美術学校を卒業して、ドイツへの留学から帰国した私は、第二次大戦へと傾いて行く暗い世相の中で、模索と失意の苦しい時を過さねばならなかった。よく、白馬を描いたのは、その頃である。あの時の白い馬と虹は、やすらぎと救いを願う心の現われであったとも思われる。あるいは、戦争の嵐が、いやおうなしに近づいてくる頃の平和への切ない祈りであったとも云えよう。戦争を境に、白い馬は虹と共に消え去ってしまった。  

  戦後の私は、私の立ち向かう風景の中に何者をも混えずに、その在るがままの姿で充足していると観るようになった。風景そのものが生きていると、戦争のさ中に感じて以来のことである。自然との風景との、じかの心の触れ合いの中に私の道を見出し、その道を、ひたすらに歩いて来た。 

 戦後、点景を排除した風景を描き続けて来た私にとっては、単純に画面効果のために、白馬を添えるということは考えられない。しかも、十八点の全ての風景にということになると、なおさらである。白馬は、明らかに点景ではなく、主題である。そこには、やはり必然的な動機が内在していると、思わないではいられない。それは、心の祈りを現わしている。描くこと自体が、祈りであると考えている私であるが、そこに白馬を点じた動機は、切実なものがあってのことである。しかし、ここから先は、私自身に問うよりは、この画集を見る人の心にまかせたほうがよいと思う。 

 東山魁夷先生は、絵を描くことは、祈り」であると言います。運命によって、「日本画家」にされ、「風景画」を描かされている、と言うのです。人生という長いIMG_3371旅路の中で遭遇した美しい風景の中に、己を発見し、自然や人間の営みへの敬虔な祈りが、絵筆を運ばせる。そんないのちの「昇華」が私たちの心を強く揺さぶるのでしょう。彼は生涯に1,260点の作品を残していますが、40歳を過ぎてからの作品のほとんどが風景画。そしてその半数近くが「青」を基調としています。画集を眺めていると、やはり特徴的なのは青使いです。青は心の奥に秘められて達することのできない願望の色」と語り、北欧で体験した白夜に青く染まる風景に魅せられます。これが「東山ブルー」と呼ばれる、彼の境地です。ちなみに、私の一番好きな色も「青」です。洋服もネクタイも、目が行くのは青ばかりですね。私が東山魁夷先生に惹かれるのはこんな訳かもしれません。

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