アンドレ・ザ・ジャイアント

 亡くなってからもう21年が経つんですね。「人間山脈」と呼ばれた大巨人プロレスラーのアンドレ・ザ・ジャイアントは、身長2m23cm、体重236kgのすべてが規格外のレスラーでした。日本初登場は、まだモンスター・ロシモフとandore名乗り、国際プロレスに出場していました。子ども心に忘れもしない、神様カール・ゴッチ(当時はまだカール・クラウザー)とのシングル戦で、ジャーマン・スープレックス・ホールドの餌食になるも、カウントをするはずのレフリーが飛ばされてしまってリング外でダウン。不思議に思ったゴッチは、クラッチを切ってレフリーの所在を探そうとしたところを、つかまりロープに飛ばされ、キック、そのまま全体重をかけられてのプレスでフォール負けした試合です。当時たまたま日本遠征していたバーン・ガニアの目に留まり、アメリカへ連れて行かれ、レスリングテクニックを仕込まれて、巧みなリングワークを駆使できるレスラーへと変身していきました。あの特徴的なカーリー・ヘアは、大きな頭をさらに大きく見せるためのカツラだったといいます。30年前の時点で、彼の年収は、約5億円だったそうです。まだメジャー・リーガーでも年俸1億円が稀であった時代です。

 数々の伝説の残っているレスラーです。車で800km移動する間に、缶ビールを118本飲み、到着後さらに19リットルのワインを飲み干した。アメリカのホテルのバーでビール327本を空けて気絶した。主食は10個のゆで卵と2リットルのピーチジュース、これが胃の中で大量のアルコールと混ざり、対戦相手をコーナーに追い詰めてヒッププッシュする際に放屁、その臭さといったら形容しがたいと対戦者の証言。遠征の前には便秘に苦しみ下剤を1箱丸ごと飲み干し、バスタブに巨大なウンコを残した。晩年は体重も275kにまで増えて、歩行すらままならない状態だったそうです。1993年父の葬儀のためフランスに帰国中、パリのホテルで急性心不全で倒れ、そのまま息を引き取りました。46歳でした。

 記憶に残っているアンドレの試合が、2つあります。一つはアントニオ猪木との対戦で、初めて腕固めでギブアップ負けを喫した試合。もう一つは前田日明(まえだあきら)とのセメント・マッチ(ノーコンテスト)です。猪木との試合の顛末については、元新日本レフリーのミスター高橋が、『流血の魔術』(講談社)、『新日本プロレス完全解明』(宝島文庫)の中で、彼を説得する過程が全部暴露されてしまいました。難攻不落のアンドレが世界で初めてギブアップ負けをした、と狂喜乱舞したのがバカみたいです。「私には別の仕事があった。それは、猪木さんに世界で初めての「ギブアップ勝ち」を取らせてもらうことだった。私は次のシリーズ(IWGP)で来日したアンドレに1か月間、毎晩の酒に付き合って、ようやく口説き落とした。」  「この試合は、猪木さんが「腕固め」で勝つことになっていた。あの体格差で完全な3カウントではいかにも不自然と思われたからである。かといって、得意の逆十字もあの巨体には極まらない。そこで上体を起こした形の腕固めとなったわけだ。これはアンドレ自身の提案でもあった。結論が決まれば、あとは基本的にアドリブである。アンドレは、試合の中盤でコーナーに猪木さんを追い詰め、正面から押しつぶしにいくが、それを猪木さんにかわされたため、左腕をしたたかに打ちつける。このとき腕を痛めたことが、終盤の流れの布石となっていく。猪木さんはチャンスとばかり、左腕を集中攻撃。最後は流れるような腕固めで、鮮やかな勝利。」  その試合です。試合の最後の所の盛り上がりと、猪木の晴れやかな顔を、この筋書きと照らし合わせて見ると、熱狂して応援して喜んだあの時の自分が、バカみたいに思えてきます。ミスター高橋は、ファンのささやかな夢をぶち壊した罪があります。

 もう一つの前田日明戦は、試合開始直後からなにやらキナクサイ雰囲気が漂っていました。自分とプロレス観の180度違う前田を、本気で潰しにかかったアンドレに対して、このままでは殺されると思った前田は、足に照準を合わせて、ローキックで何度もアンドレをぐらつかせます。もともとヒザの悪いアンドレにとっては非情の厳しい攻撃です。最後には、アンドレがリングにごろんと寝転がってしまい、実質的に試合を放棄してしまいます。リング内外に殺伐とした選手たちが入り乱れる中、両者の顔を立てるために、ミスター高橋は「ノーコンテスト」のゴングを打ち鳴らします。この試合により、アンドレの大巨人神話が崩壊し、「前田最強説」が唱えられることになりました。このカードを組んだミスター高橋がやはり、全貌を暴露しています。会社もイメージダウンを恐れたためでしょう、この試合は放映されませんでしたが、マニアの間では語り草になっている名勝負です。なお、この試合の夜、アンドレは足を引きずりながら、ホテルを後にして飲みに出かけたそうですよ。

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