「クリスマスの約束2015」が大反響のうちに終わり、小田さんが注目されています。私のこのブログにも恐ろしいくらいのアクセスをいただきました。いかに小田さんの人気がすごいものかを肌で実感しています。今日はオフコースの話をします。
オフコースは1970年にシングル「群衆の中で」でデビューしました。全く売れませんでした。話題にすらなりませんでした。当時は小田和正、鈴木康博、地主道夫の3人組だったんですが地主が脱退。アコースティックギター2本でアンサンブルを構築し、緻密なアレンジを施したフォーク色が強い音楽をやっていました。「まあ、音楽は一生懸命やろうとは思っていたけれど、絶対、成功するんだと真剣に思ったことはなかったですね」と小田さん。当時、彼らはかぐや姫の前座をしていましたが、その頃のことを小田さんはこう語っています。「前座と言ってもひどいもので、オフコースの名前なんかどこにも出ていない。だから幕が開いて、僕らが歌い始めると、お客さんたちはみん
な,僕らをかぐや姫だと思うんです。かぐや姫も、知られてなかったんですけどね。それで、かぐや姫が出てくると、『ああ、こっちがかぐや姫か。さっきのは誰だったんだ?』という感じで終わるわけ。だから、いつまでたっても、僕らの名前は売れない訳ですよ。結構、みじめな毎日だったですよ。それでも,僕らには、かぐや姫を食ってやろうという気はなかった。ただ、いつかアルバムを出したいとは思っていましたけどね」 小田さんが、人気よりも純粋に音楽を大事に考えていたかがよく分かる言葉です。しばらくは大きなヒットには恵まれませんでしたが、1979年に発表したアルバム『Three and Two』から清水仁(B)、大間ジロー(Dr)、松尾一彦(G)が正式メンバーとなり、いわゆる”オフコースサウンド”が確立されたのです。このアルバムが発売されるや、すぐにアルバム・チャートの1位にランクされました。




