天から助けのロープが降りてくる!

 私が最も尊敬していた、昨年4月にお亡くなりになった渡部昇一(わたなべしょういち)先生が、「人生で一番大切なことを一つだけ挙げよ」と求められた時に、いつも口にされたのが、「できない理由を探すな!」でした。この言葉は、私の生き方に大きな勇気と指針を与えて下さいました。どんなに困難なことでも、絶えず努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から「助けのロープ」が降りてくる、ともおっしゃっておられました。私も今までにそんな体験を何度したことでしょう。先生はこんなことも書いておられます。

 鉄砲撃ちの名人に、電線の上と地面にいる鳥とどちらが簡単に撃ち落とせるか?と聞いてみる。一見、地面にいる鳥のほうが撃つのはたやすそうである。しかし彼は、電線の上にいる鳥も地面にいる鳥も、撃つには同じくらいの労力と技量が要るというのである。難しさとしては大差なく、むしろ電線の上にいる鳥を撃つほうがかえって楽かもしれないということである。ならば、目標は高く掲げたほうが良い、ということになる。

 私はできない理由を探さずに、目標を高く掲げて、努力せよと、毎日生徒には話しています。渡部先生受け売りですが。先生ご自身がそれを実践しておられます。

 渡部昇一先生が山形から上京し、上智大学一年生の夏休みに帰省すると、お父様が失職して仕送りが出来なくなっていました。このままでは大学の授業料を払うことができません。途方に暮れた先生は、授業料減免の特待生になることを決意し、猛勉強を始めます。当時、先生が住んでいた上智大学の寮には井戸がありました。先生は毎朝5時に起きて井戸水をかぶり、勉強に向かいました。どうしても授業料減免の特待生になろうとすると、他の学生の成績が気になります。しかし全科目百点を取れば、負ける心配はありません。脇目も振らずに必死に勉強しました。その結果は、総合得点で二位の学生に二百点以上の差をつけ、ぶっちぎりの一番で特待生になることができました。以降4年間、先生はずっと特待生で学費を払わずに卒業なさいます。

 学生時代に、アメリカ留学の話が持ち上がりました。先生は当然成績トップの自分が選ばれるものと思っていました。ところが「渡部は社交性がない」という理由で、別の学生が選ばれたのです。貧乏学生で服装はいつも着た切り雀、喫茶店などに入る余裕もなく、勉強勉強の生活です。遊んでいる暇などありませんからね。そんな様子を、アメリカ人教授は非社交的と判断したのでした。それでも先生は腐ることなく、ひたすら全科目百点を目指して勉強を続けます。先生の専攻する英語学はイギリスよりもドイツが進んでいると聞き、ドイツ語の勉強も怠りませんでした。

 大学院を卒業して上智大学の助手になった時に、ある日大学院長に示された難解なドイツ語の一節を完璧に訳したことで、ドイツ留学が決まりました。アメリカ留学話の5年後のことでした。学年でトップの成績の自分がはずされた現実にも、先生は腐ることなく努力を続けていると、天から助けのロープが降りてきて、幸運の女神が微笑んだのでした。ドイツでは、世界初となる英文法史を博士論文として書き上げておられます。留学してからわずか2年で博士論文をドイツ語で書き上げたこの速さから、指導教授に「君はまことに天才である」と大層な誉め言葉を戴きました。ドイツ語で書かれた300ページのこの論文は出版され本となりました。費用は全て大学や機構が引き受けてくれ、名誉ある博士号を与えられ、オックスフォードへの特別旅費まで与えられて、ドイツを後にしておられます。先生が28歳の時のことでした。

 輝かしい実績を引っさげドイツ留学からお戻りになったのですが、最初の本(処女作)を出版されたときにも、ずいぶん苦労されました。先生の博士論文をまとめた『英文法史』(研究社、1965年)という本です。どの会社に持ち込んでも全て断られました。中には侮蔑の態度をとる会社さえあったといいます。最終的には出版してくれることになった研究社にも、一度は断られています。出版費用を先生が負担してもよい、という条件を申し入れたところ、担当者が再検討を約束してくれました。給料の一年半分にもあたる負担を、先生の奥様は文句を言わないどころか、むしろ出版をけしかけるようであった、と先生は回想しておられます。結局は、本の内容・価値を認めた研究社が、費用の半額を負担するということで、出版されました。この本は高価にもかかわらずよく売れました。それ以降の論壇での先生のご活躍は言うまでもないでしょう。

 私が渡部先生から受けた学恩は数知れませんが、中でも一番大きかったものが、どんなに苦しくても、出来ない理由を探さずに努力を絶やさず持続するなら、ある日きっと、「天から助けのロープが降りてくる」であろう、というものでした。日頃、生徒たちにもこの生き方を強調しています。先生がお亡くなりになってから一年とちょっと、新しい著作を読むことのできなくなった私の心には、スキマがポッカリと空いた感じですが、昔の著作を書庫から引っ張り出してきては、ボツボツと読んでいます。

 2015年にハードカバー版で出版された先生の『青春の読書』(ワック出版)が、追悼記念に新装版(廉価版)で2018年4月にワック出版から再発売されています。これを読むと、先生の青春時代が生き生きと蘇ってきます。生前の先生が、出版を最も喜ばれた本だそうです。70歳を過ぎて借金までして建てた新居の書庫(個人蔵書数世界一)の前で微笑む先生の表紙写真は、誠に印象的ですね。❤❤❤

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