「道化師のソネット」

 今年ソロコンサート4500回の偉業を達成したさだまさし(69歳)さんは、自身のカウントダウンコンサートの会場(両国国技館)から生中継の特別企画枠で「紅白歌合戦」に21回目の出演を果たしました。紅白のステージでは初披露となる「道化師のソネット」を届けました。この曲は、自身が主演した映画「翔べイカロスの翼」(1980年2月公開)の主題歌で、「笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために」の歌詞で始まる同曲に、コロナ禍の中にあって、笑って暮らせる日が再び来るようにとの心からの思いを込めて歌いました。さださんはこのところの無理がたたったのか、最近のどの調子が悪く、4公演を延期しました。この曲は結構高いキーの歌なので無事に歌いきれるのか?声がひっくり返ったりしないか?心配しながら見ていました(両国国技館のカウントダウンコンサートでは1回だけ声が裏返ってしまったそうですが……)。でも見事な歌唱でした。1月1日の生放送番組「年の初めはさだまさし」では、のどはほぼ9割復調しているとおっしゃっておられたので安心しました。 

    道化師のソネット    作詩・作曲 さだまさし  

笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために
僕達は小さな舟に 哀しみという荷物を積んで
時の流れを下ってゆく舟人たちのようだね
君のその小さな手には 持ちきれない程の哀しみを
せめて笑顔が救うのなら 僕は道化師になれるよ
笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために
きっと誰もが 同じ河のほとりを歩いている
僕らは別々の山を それぞれの高さ目指して
息もつかずに登ってゆく 山びと達のようだね
君のその小さな腕に 支えきれない程の哀しみを
せめて笑顔が救うのなら 僕は道化師になろう
笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために
いつか真実に 笑いながら話せる日がくるから
笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために
笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために

 「道化師のソネット」は、映画『翔べイカロスの翼』(1980年2月公開)の主題歌で、1980年2月にリリースされました。この優しさと切なさに満ち溢れた曲は、同映画の内容から着想して書き下ろされたもので、さださんの代表作の一つです。「ソネット」というのは、14行からなる欧州の定型詩のことで、同曲も形式どおり、さださんは悩み抜いて14行にまとめた名曲です。「道化師のソネット」もソネット形式どおり十四行に歌詞がまとめられています。さださん本人は、「神様っているのかも…」などと偶然の産物のようなコメントを残していますが、博識なさださんのこと、 きっちり悩みに悩みぬいて十四行に収めたのだと思いますよ。

 さて、この「道化師のソネット」は、映画『翔べイカロスの翼』のエンディングで流れるのですが、この映画は、歌の曲調からは想像のできない衝撃的な内容の結末が待っていました。無難な人生の軌道に乗ることに背を向け、サーカスの世界に飛び込んで花形ピエロになりながら、超満員の観衆の前で綱渡り中に落下して死んだ一人の若者の姿を描いた作品です。“ピエロのクリちゃん”の愛称で親しまれた、キグレサーカスの栗山 徹の短い生涯を記録した草鹿 宏の同名のノンフィクションの映画化です。映画の中でさださんは、他者を笑わせ、楽しませるために、空中ブランコから落下した栗山くんという、実在の人物をモデルにしたピエロ役を演じました。写真家を目指す主人公は、撮影の題材に選んだサーカスのショーに魅せられ入団を決めてしまうのです。その後ピエロとして才能を発揮して活躍を重ねていきますが、人気に押されるがゆえに、幕間をつなぐピエロとしての役割を超え、難易度の高い綱渡りに挑戦… そして落下。栗山くんは若くして天に召されてしまった、というあらすじの映画です。

 美しい旋律のピアノのイントロからダイナミックにサビから入るという構成の歌です。メロディーも歌詞もドラマチックであり、そのひとつひとつの歌詞にとても考えさせられてしまいます。

 笑ってよ君のために  笑ってよ僕のために
 きっと誰もが  同じ河のほとりを歩いている

「同じ河のほとりを歩いている」という歌詞が、とても大きな人生観を感じてしまいます。「笑う」という意味は、さださんにとって流れゆく人生に差し込む細やかな幸せの灯なのでしょう。

 君のその小さな手には  持ちきれない程の哀しみを
 せめて笑顔が救うのなら  僕は道化師になれるよ

 ピエロの役割とは、とにかく笑われる存在であり続けることです。ピエロはひたすら馬鹿にされ続ける役割なのです。「自分が傷ついても周りが笑ってくれれば僕は幸せ」ということです。その馬鹿にされ続けた傷の痛みを悟らせないように演じきる… そんな深い悲しみが、あの白塗りの顔に描かれる涙なのです。だからこそ「僕は道化師になろう」という歌詞の持つ意味が大きく響くのでしょう。さださん自身もずっと道化師でした。いつも笑いの真ん中にいて、はじけていました。みんなが笑うのが大好きでした。皆の笑顔が得られたなら、嬉しくなって、もっと一生懸命に馬鹿になってしまいます。「これは仕事だ」「馬鹿馬鹿しい」などとは絶対に考えたりはしません。きっと自分が小さくて弱い存在で、誰かの笑顔がないと生きていけないのでしょう。哀しい人なのです。あるとき、ふっと道化師がとても哀しい人に見えてきます。道化師はいつでも一生懸命なのです。どんなものに対しても、どんな場合でも、必ず一生懸命です。そのひたむきさは報われることはまずありません。むしろ裏切られ、真っ向から切り捨てられてしまうことも。そこにまた笑いが起こるのです。

 映画でピエロを演じることになった時、さださんはメイクの人に頼んで、左の目の下に涙を入れてもらったそうです。「そんなピエロのメイクなんて見たことがない」と言われましたが、お願いして入れてもらいました。せめて思いだけでも形にしたかったのでしょうね。詳しくは、さだまさし『旅のさなかに』(新潮文庫、昭和57年)を読むと、撮影エピソード満載で面白いですよ。♥♥♥

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