ココイチのDNA

     かつて「CoCoO壱番屋」が、異物混入の疑いがある冷凍ビーフカツの廃棄を依頼していた産業廃棄物処理業者が、スーパー等へ横流しして大騒ぎになったことがありましたね。ココイチを運営する「壱番屋」(愛知県一宮市)の社員が、スーパーで廃棄されたはずの自社製冷凍カツを発見したのは2016年1月11日でしたが、同社は1月13日の段階で事件の詳細を発表していました。事件発覚から公表までわずか1日足らず、というココイチの迅速な対応を称賛すべきでしょう。ここら辺がお客様の信頼へとつながるのでしょうね。

 実は、創業者の宗次徳二(むねつぐとくじ)さんは、もう壱番屋の株式をすべて食品大手の「ハウス食品」に売却しています。宗次徳二さん夫婦が喫茶店「バッカス」をやっていた頃からの40年の付き合いで、店でカレーを出すためにいろんなメーカーのカレー・ルーを試した結果、奥様が一番美味しいと言ったルーがハウスの製品だったそうで、ココイチを作ってからも微妙なスパイスの調合のリクエストにも応えてくれ、究極のカレーを実現するために欠くことのできない存在がハウス食品だったそうです。長年の歴史の中で培われた信頼関係がこの買収の背景にあったと言われています。彼は、「会社の株を手放すことに寂しいという感情はないですね。もう現役を退いてから13年も経つんですよ。その間、経営にくちばしを入れたことは、まったくない。アドバイスを求められたことはありましたが、『もう任せたのだから、好きにやればいい』と私が言ってからは、それもなくなりました。」 店舗数1412、売上高約899億円、世界最大のカレーチェーンの創業者です。「私ども夫婦はただただ運が良かったとしか言いようがない。食堂業は薄利多売商法ができない。心を込めてこつこつと毎日やり続ければ、売り上げのグラフは右肩上がりになる。時流は関係ないし、キャンペーンやポイントサービス、値下げなど一切してこなかった。」

 壱番屋の創業者である宗次徳二さんは、以前から社会貢献活動に熱心なことで知られ、2003年に自身が立ち上げた「イエローエンジェル」というNPOで、クラシック専門のコンサート会場「宗次ホール」を運営しています。28億円もの私財をポンと投じて建てたホールです。経済的理由で進学できない音楽家志望の子供たちを支援し、東海圏の小中学校100校以上に、吹奏楽用の楽器を寄付してもおられます。今も毎朝4時に起きて、ホールの周辺を掃除して、花を植え、昼はスタッフのまかないを作り、公演前には入場口でお客様を出迎えます。町の掃除は宗次さんが壱番屋の代表だった頃から率先して行っておられました。日本有数の実業家でありながら「おカネを追いかけない」変人で、夫婦の間で『おカネ持ちになりたいね』と話したことは一度もないそうです。「金銭欲を満たす気持ちは少しはありますが、自分のおカネが人のために動く方がうれしいし、それが『生きたおカネの使い方』だと思う。だから私は身に着けているものも安い。時計はカシオの9800円のもの、シャツは980円のディスカウント品です」

 過去を振り返ると、今日ほど厳しい時はない。おそらく多くの中小・零細企業の経営者がそう思っていると思う。なかなか物が売れないし、以前のような利益率も確保できない。ただ、商売を続けていくのであれば、今日ほど楽な日はないとも言える。裏返せば、それくらい明日には何が起こるかわからないということだ。要はトップの姿勢だ。経営者自らが変わる。率先垂範、現場主義、お客さま第一主義。目先の損得を二の次に考え、自分の身は仕事にささげるという気持ちでないと、なかなか勝ち残れない。私は8年前の53歳の時に食堂業を完全に引退した。執着は一切ない。日本一の事業承継の成功事例だと思っている。夫婦で頑張って創業し、店頭公開から二部上場、一部上場までした会社をなぜ、赤の他人に全権委譲できたのか。役員たちの人間性がいいからだ。人望が厚く誠実でまじめで信頼できる。そういう役員に恵まれたことが、経営者人生を振り返って一番の幸せだと思う。私が代表権を持っている時は、人の意見も聞かない「お山の大将」「裸の王様」でやっていた。その代わり誰よりもまじめにやっていた。自分の身を経営にささげるという気持ちでやり通した。今期は厳しい状況とみている。しかし、この時代に値下げもしないで利益をきちんと確保できている。私が在任中の28年間はずっと右肩上がり。バトンタッチして6―7年は右肩上がりがずっと続いた。これについては、奇跡でも起こらないようなことが起きてしまった、というのが実感だ。大抵の社長はみんなふらふらしている。何でもっと頑張ってやらないのか。経営者になり代表権を持って社長をやるのであれば、こんなにいい商売はない。去年の暮れに「経営の達人」など4部作の日めくり集をつくった。その中の「お客さまを笑顔で迎え、心で拍手」は私が25歳の時につくった標語だ。お客さまとは、社員であり家族であり取引先であり、かかわる人すべてであるととらえている。その人たちのために身をささげ喜んでいただく。うまくいかないわけがない。

 朝3時55分に起きて4時5分には打刻する。無理なのは出張がある時など年間15日ぐらい。毎朝1時間以上かけて掃除をする。花も自分のお金で買って植えている。草取りもする。これは社長の仕事だ。何がもうかるか、どういう商品がいいか、商品開発をどうするか、時流が何かは二の次。繁盛させたければお客さまの声を聞きなさい。判断に迷ったらお客さまを第一に考えなさい。すぐに答えが出る。夢ではなく目標を持ち続けて追い続けなさい。1年、2年頑張ったら到達しそうな目標であれば頑張れるし、問題が発生してもくじけない。経営者であれば年間4380時間以上、働きなさい。365日×12時間だ。体がもたないという人は、1日12時間10分働ければ5日休める。労働基準監督署も文句を言わない。最高で5637時間、1日15―16時間働いた。

 宗次さんはクラシック音楽が大好きで、現在は私財を投げ打ってコンサートホールを建設、音楽を志す若者たちに援助の手を差し伸べておられます。友達からテープレコーダーを譲り受けて、テレビの前でたまたま録音したのがNHK交響楽団のメンデルスゾーン。そこからクラシックが好きになったそうです。喫茶店を始めた時は、バッハやヴィヴァルディなどのバロック音楽を1日中流しておられたそうです。後に自宅でサロンコンサートをやろうと思って、その延長線が今の音楽ホールです。クラシックホールを個人で28億円かけて作られました。音響は徹底してこだわっておられます。クラシック音楽を聴くとやさしくなり心が豊かになる。ある時、記者の人からクラシックホールの経営で商売はおかしいと言われたことがあります。そこで宗次さんは「心の商売」だと答えたら、それはすばらしい言葉だと活字になりました。まさに心の商売であり利益ではありません。私は宗次さんの幼い頃のご苦労を知っているので(⇒コチラをご覧ください)今の活動の背景がよく分かります。 

 「CoCo壱」は、1974年宗次さんが26歳のときに、妻・直美さんと二人三脚で開いた喫茶店「バッカス」が原点です。喫茶店の出前商品として開発したカレーが評判となったことで、1978年に1号店をオープンしました。以降、右肩上がりで発展を続けてきました。その創業45周年を迎える、店舗数日本一のカレーチェーン「カレーハウスCoCo壱番屋」初の公式ファンブックが宝島社から発売になっています(2023年2月)。

 本誌限定付録に、店内飲食の会計総額が10%オフになる「パスポート」がついていて、期間中何度でも利用できるお得な特典で私も重宝しています。誌面では、グランドメニューガイドをはじめ、ご当地カレーや懐かしの名作カレー、カレー&トッピング組み合わせランキングを掲載。その他、ココイチファンの髙嶋政宏さん、ももいろクローバーZ・高城れにさんのインタビューや、ココイチトリビアなど、ココイチでの食事がもっと楽しくなる情報満載の本です。

 私はココイチが大好きでしょっちゅう利用していますが(私の定番はロースカツカレー&野菜トッピングにシーザーサラダまたはポテトサラダです)、そのDNAは標語「お客様 笑顔で迎え 心で拍手」です。上の本には創業者・宗次さんのインタビューが載っていて、この標語の意味が明確に語られています。♥♥♥

 ココイチはこれまで一切値下げをしないことを貫いてきましたが、その考えは『バッカス』から始まっています。名古屋の喫茶店はモーニングサービスが一般的ですが、素人のくせにそれを一切拒否したんですね(笑)。モノや値下げでのサービスはやめて、その代わりに一人ひとりのお客様を大切にしようと妻と話し合いました。それでも、笑顔あふれるお店にできる自信があった。もちろん最初はお客様が来てくれなかったけど、一生懸命やっていたら、1人、2人と店の外にお客様の姿が見えるようになり、妻と目配せをして拍手をしました。自然にそういう気持ちが出てきたんですね。もちろん営業中に拍手をすることはできませんから、一日を通してお一人おひとりを拍手喝采でお迎えしようと、紙に書いて厨房に貼ったのが、この標語の始まりです。こんな気持ちでやっていたなら、お店が流行らないわけがないんですよ。飲食業は本当に価値ある商売なんです。

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