早飯試験

 今でこそ「日本電産」(現・ニデック)と言えば、小型モーターの世界では世界一の大会社です(後継者問題で揺れた時期がありました)。しかし永守重信(ながもりしげのぶ)さんが1973年に同社を創業したときは、社員3人と自宅の納屋においてで細々としたものでした。翌1974年から新卒採用をスタートしますが、無名企業に人が集まるわけもなく大苦戦します。その後、少しずつ実績が出るとともに、採用試験にも学生が来るようにはなりますが、成績のいい優秀な人材は大手にばかり行ってしまいます。集まるのは一般的に見ると「二流」「三流」大学の学生ばかりでした。永守さんは「大手に勝つためには、成績順に採用するような同じことをしていてはダメだ。大手がやっていないことをしよう」と思い立ち、従来にはない採用方法を生み出して、光る原石を見つけようとしました。1976年に実施したのが、「大声試験」でした。応募してきた学生に1つの文章を順に読んでもらい、声の大きかった人から採用するというものでした。仕事ができる人は声が大きい、という永守さんのビジネスにおける経験則から、自信があるかどうかなどを注意深く観察しようとしたのです。「私が欲しいのは、玉露のかすよりも番茶の上等です」と。

 続いて、1978年に実施したのが「早飯試験」でした。応募してきた160人から面接で70人に絞り、何も知らせずに用意した弁当を食べてもらう。弁当はしっかり噛まないと飲み込めないおかずをたっぷりと詰めた特注品です。他社で行っているようなペーパーテストは一切廃止して、受験者の行動の仕方から、秘めたる能力を判定しようとした独特の入社試験でした。1980年には、試験会場に早く到着した人から順に採用するというユニークな試験を実施しています。社内の一定期間のデータを調べてみたら、出社時間の早い、遅いによって、前者の方が仕事の評価が高いことが分かったために、この基準を採用条件にしたと言います(私の長い経験でも、朝早く学校に来る先生は仕事のできる人が多いようです)。永守さんはよく「夜2時間遅くまで仕事をしている人より、朝30分早く会社に来る人を信用する」という話をされます。そのような行動をする人は、通勤の途中に不測の事態がありうるというリスクも計算に入れているからです。「心の中に種火を持っていて、自分で自分のやる気に火を付けられる人」を探そうとしました。他社で行っているようなペーパーテストは一切廃止して、受験者の行動の仕方から、能力を判定しようとした独特の入社試験でした。

■昭和51年  大声試験
■昭和53年  早飯試験
■昭和54年  便所掃除試験
■昭和55年  早く試験場に来た人を採用
■昭和56年  留年組ばかりの中から採用

 さて、入社後の詳しい追跡調査の結果、『満点に近い採用方法だった』と、後から言えたのはどれだったと思いますか?

 実は、「早飯試験」でした。応募者に昼食用の弁当を出し、早く食べ終わった者から合格とするものでした。試験当日、仕出し弁当屋さんには、スルメや煮干しなど、よく噛まないと飲み込めないようなおかずばかり入れて欲しいと注文しました。弁当屋さんは目をシロクロ。事前に永守社長や社員が試食したところ、一番遅い社員でも10分だったので、10分以内で食べ終えた学生33名を無条件で採用しました。それら全員が、もののみごとに同社の中心格に成長したと言います。他の社員にもこの固メシ弁当を内緒で食べさせてみたところ、10分以上かかった人はゼロであったし、出世の早い人ほどタイムも短いことが分かったと言います。「やりっ放し」にせずに、こうやって事後に詳細に検証しているのもすごいですね。「知識と能力は全く別物」であって、厳しい変化の時代には、変化に適応する柔軟な能力が必要であり、知的な人よりも動物的な人の方が強いという、永守さん独自の信念に基づくユニークな選抜方法でした。成績を一切加味せずに、採用した社員の成績表を金庫にしまっていましたが、数年後に開封して社内の成績と比較検討したところ、学業の成績は全く無関係なことが分かったと言われます。最も成功したと語る「早飯試験」の合格者は、その後に社内で大活躍し、大幹部になりました。

 永守さんの考えはこうです。「早飯、早便など何事も手早い人間は仕事も早い。リーダーシップを発揮して人を引っ張る人材は、自信があるから声も大きい。試験場に早く来るのは、『先んずれば人を制す』という気持ちがあるから」。創業間もない無名の企業に、一流大学の学生からどんどん応募が来ることは普通あり得ません。それなのに一般の企業と同じ学科試験や常識テストをして、点数の高い学生を採用したのでは、絶対に大企業には勝つことはできません。「1点だけでも人に負けない面を見つけよう」という切なる思いと、「歩を金にする」(=歩の“人材”を確実に育てて“ト金”にする)という発想で、独自の採用試験を行っていたのでした。すごい!!

 2000年頃から採用した新卒社員について、仕事の成果と卒業大学の相関関係を調べてみると、一流大学卒でも三流大学卒でも、10年ほど経つと何も変わらないことが分かった、と喝破しておられます。三流大学出身者のほうが、成果を出していることも珍しくなかったと言います。「大学受験の結果なんて、ビジネスの世界では関係ない。私は世の中で足りない人を大学で育てたい」と決意し、私財130億円を投じて京都先端科学大学を創設されました。そして着々と大学改革を進めておられます。最近、新聞に「永守賞」が発表になりましたが、これは2014年に、モーターだけでなく発電機やアクチュエーターなどの周辺分野も含めた技術の研究開発を支援する「永守財団」を設立し、世界のモーター研究者・開発者を顕彰し、研究資金を助成することで、海外を含めて広くモーター研究者のネットワークを構築、将来大学を作った際に、優秀な研究者を呼び込むための布石を打っておられたのです。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す