「徳健財」

 仏教系の男子校である私立清風中学校・高等学校(大阪市)は、創立者の教えである「安心、尊敬、信頼」を教育目標とし、ぶれることのない人間教育を実践しています。生徒たちは昼夜兼行の「100キロ歩行」を体験し、高野山での修養行事などを通じ、自分で考え、目標を立てる姿勢を身に付けていきます。人生行路の落伍者にならないためには「安心、尊敬、信頼」、この三つがあればいいといいます。具体的にどうしたらいいか。それは「徳、健、財」の三つを守ることだと生徒に繰り返し伝えています。建学の精神に「財」を挙げているのは非常に珍しいことだと思います。これには故・渡部昇一先生も、平岡英信校長とお話になった際に、感心されたことでした。「いかにも商人の町、大阪風だと言ってしまえばそれまでだが、お金の力を知っていればこそだろう。精神訓の多い校訓の中で、これは出色だといたく感心した。お金は重要である。使い方でその人の人間性までわかるほど、お金は人間をつくるものだ」と述べておられます。

 「徳」は「運」とも言い換えられます。生徒にこう尋ねます。「もし、君が神様だったら、どっちの生徒に運をやりますか。必死に勉強している生徒と、テレビを見ながらゲームをしている生徒のどちらでしょうか」。つまり周りの人から応援してもらえる生活をすることが「徳」です。「健」は、へこたれないこと。任されたらしっかりやることです。

 さあここからが大切です。「財」はお金を大切にすること。生徒には「将来1000万円、2000万円の借金をすることもあるだろう。借金は期限より一日早く返す。それも財布の中を見せて返す。保証人にはなるな。頼まれたら理事長に禁じられていると断れ。お金でなく知恵を貸せ」と具体的に話します。平岡校長は、「お金はいいことに使いなさい」と常々生徒に言い、さらには「借金をしたら、約束の1日前には必ず返すように」と指導しているそうです。どうせ返すのだからと言って、一日、二日と返済を先延ばしにして平気な顔をしている人がいけれども、これは基本的な思い違いをしていると平岡校長は話します。借りたお金は返すのが当たり前なのだから、一番のポイントは、返す、返さないという問題以前で、お金に関してキチンとしているという信用を人から得られるかということです。要するに、キチンと期日までに返すかどうかが問題なのであって、期日を過ぎてしまえば、「この人は信用できない人」とみなされるだけなのです。したがって、ことお金に関しては、一日過ぎたら、あとは何日過ぎようと同じことなのです。平岡校長「必ず一日前に返すよう」と生徒に教えます。期日を守るといっても、ギリギリでは相手に不安を与えます。それが一日前なら、相手はむしろ喜ぶはずです。この人は信用できそうだ、という信頼を得ることができれば、後々のためにもなりますね。

 金銭関係の信用ということに関して、故・渡部昇一先生が面白い話を紹介しておられました。

 あるアメリカの大富豪になった人の話なんだけど、彼は若い頃から、事業を始
めよ
うと思って金をためていたんです。ところが、年も若いし、町に移り住んで
まだ間が
ないものだから、信用がない。
 そこでどうしたかというと、銀行に行って、わざと金を借りるんですね。そし
て、
期限どおりきちっと返す。利子がついてますから、利子の分だけ損しますよ
ね。で
も、そんなことかまわず、これを何度もやったんです。
 そうすると、その内、あいつは借りた金を必ずきちんと返す、ということにな
って
信用がついてきた。そしてチャンスを見て木材を買い占めるんだけど、それ
が当たっ
てアメリカでも有数の富豪になるんですね。
 信用を得るために、銀行から金を借りるというテクニックを使ったことは、あ
まり
誉められたことではないかもしれないけど、金銭関係がはっきりしていれば
それほど
信用がつくものだ、という話ですね。

 あまり学校教育ではお金のことに触れることがありません。しかしこのことは重要なことだと私は思っています。お金の貸し借りは学生時代には割とチャランポランにやってすむこともありますが、きちんと返す人とルーズな人とでは、必ず後々の評価に差が出てきますね。学生時代のように、気楽な人間関係の時でも、貸し借りがちゃんとできる人間にならないといけません。これをルーズにやってしまうと、大人の社会に出てから通用しなくなります。お金の貸し借りは人間同士の結びつきに重要な役割を占めるのです。金銭関係さえしっかりしていれば、社会的に信用されることでしょう。もちろん金銭の貸し借りは、常識的にはやらないほうがいいでしょう。シェークスピアは『ハムレット』の中で、ボローニアスという人生の知恵に富んだ老人が息子に語るセリフがあります。「金は貸し手にもなるな、借り手にもなるな。金の貸し借りは、必ず人間同士の関係を損なう」まさにそのとおりでしょう。さらには、お金を貯めるための本多静六博士「4分の1天引き法」(⇒詳しい紹介はコチラです)も、毎年生徒たちには紹介している八幡です。

 私の母の祖父の遺言は、「絶対に保証人になるな!」でした。なんでも保証人になったばかりに自分までひどい目にあったことが原因で、そのような遺言を遺した、と母から聞きました。母は私にも、「絶対に保証人にだけはならないように、お金の貸し借りは一切するな」と言い残しました。どうしても人にお金を貸すときには、あげたものと思って貸しなさいと言われました。私は今まで母の教えを忠実に守って、お金の貸し借りは一切せず、保証人にもならずにこれまでやってきました。正解でした。日本の林業の父と謳われる本多静六(ほんだせいろく)博士も、そのことをこんこんと戒めておられました。


 お金を貸したり、儲け口に出資したりする以上に気をつけなければならぬことは、金融上の保証人となり、連帯の印を押したり、裏書の判を引き受けたりすることである。親戚知友などの懇意な間柄では、よく、ちょっと君が一ト判請け負ってくれさえすれば僕の事業も助かり、数日内に金も返せるから君にも決して迷惑はかけないと持ち掛けられることがあるが、うっかり請け判をしたためにとんだ目にあい、ついに一生涯それで苦しめられる人が少なくない。私の友人である知名の大学教授(W博士)のごときは、この手にかかり僅か数百円の借用証文に保証人の判を捺したばかりに、その証書が高利貸しの手に渡って転々とし、僅か五年そこそこのうちに数万円の巨額となり、その利息を払うだけに、生涯月給の差し押さえを食いつづけていたが、恐るべきは正にこの請け判である。だから、たとえ事情やむを得ず、自分の持ち物を売り払って金を出すことがあっても、決して他人の借用証書などに判を捺すべきではない。


 さてこのことは、お金に限った話ではありません。頼まれ事をしたら、約束をしたら、一対一の人間関係、人生全てにおいて言えることです。頼まれた仕事も、すべて一日前に済ませるようにすることが、相手との強力な信頼関係につながりますし、常に一日前を心がけていれば、自分の心にも余裕が生まれてきます。運を呼び込むための必須事項と言えるものです。忙しい中、これを実行するのはなかなか難しいことですが、私は今までできる限りそのように努めてきました。

2016年秋竣工の新校舎。「大阪上本町駅」から徒歩3分の立地にある

 清風学園では人の生きる道は、四つあると説きます。まず「悪人の道」。自分に良く他人に悪い関係です。金儲けに走る商売の良くない側面がそうです(最近の「ビッグモーター」が典型例です)。自分にも他人にも悪いのは「愚者の道」です。そんな人はいないと思いがちですが、怒って我を失った人はこうなります。自分には良くないが他人には良いのが「善人の道」です。多くの学校では善人になりましょうと言いますが、清風学園では絶対言ってはならないと教えています。それでは長続きしないからです。最後が「福の神の道」です。自分も他人もうれしい関係です。仏教に由来する言葉では「自利利他」と言います。清風の生徒には、この道を歩むように言います。「自利利他」は行動基準です。生きていく上での道具です。その人との関係が、「自利利他」であるか整理して考えれば、自信を持つことができます。自分の行動に確信を持つことができれば、心を強くできます。自分が納得し、他人のためになることをしていけば、必ず成功します。人生行路の落伍者になることは絶対にありません。❤❤❤

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