今から10年程前のことになりますが、教育学者の向山洋一さん(TOSS代表)が「教師の実力の劣化現象」が見られる、として5つの点を挙げておられました。
①教師が教育雑誌、教育書などの本をほとんど読まなくなった。今や教育雑誌を読んでいる人は学校に1人か2人だという。
②「できない子」を責任をもって教えるという考えがない。立派な先生は「漢字テストクラス30人全員100点」とか「算数テスト平均95点」という結果を出すが、そういう先生はいじめられる。
③立派な先生のじゃまをする。「学年で足並みをそろえましょう」ということで「工夫する教師」「努力する教師」の足をひっぱる。「足並みをそろえる」とは、最低ラインにあわせるということである。
④大学を出て教師になったばかりの「新卒教師」が、驚くほど何も知らないということである。原因は、新卒教師にあるのではなく、大学の教育にある。教師にとって最も大切な仕事は「授業をする」ということだ。ところが、大学4年間で「授業」について、ほとんど教えられてこない。教育実習の時に、合計で10時間ぐらいの授業をするだけだ。大学で「授業」の演習は、ほとんどない。医学部の教授は、学生に手術をして見せるが、教育学部の教授で、授業をしてみせる先生は、皆無に近い。「何もできない」状態の新卒教師でも、最初から担任になる。
⑤管理職、教育委員会、新卒指導教師は「教師を指導する」のだが、そこに問題がある。良い授業とは何だろうか。第一に、全員、一人残らずできるようにさせることである。第二に、授業が「楽しい、面白い、よく分かった、できるようになった」ということである。このような授業ができるために指導すべきだが、そうする人は極端に少ない。できない指導者は、何を指導するのか?昔から決まっている。つまらない形式的なことをさも大切な事のように指導する。
これに対する私の簡単なコメントが以下のものです。
【①に対する八幡の意見】 同感です。私が松江に帰ってきた頃、今井書店の営業担当の方が、「松江で『英語青年』(研究社、終刊)を定期購読しておられるのは、島根大学の先生一人と八幡先生だけです」と言われたのを覚えています。あれから20年近くが経っていますが、今唯一残っている英語教育雑誌『英語教育』(大修館)を取ってみても惨憺たる状況でしょう。「教師の力以上に生徒が伸びることはない」のですから、ひたすら英語力を磨く必要があります。私はよく若い先生方に次の事項を説明してご覧、と投げかけていました。自分が高校時代に習ったことを何ら考えることなく繰り返していては進歩はありません。
本を読まない教師は決まって「忙しい」「本を読む時間が無い」と言い訳します。私はよほど暇なのでしょうか?
【②に対する八幡の意見】 昔はそうでもありませんでした。私が教員2校目の江津工業高校で、私が担任する最も成績の低いとされていた「工業化学科」のクラスの生徒たちが、「電卓検定」で校内で唯一全員合格を果たした時には、全校集会で祝っていただきました。機械科・建築科の担任の先生方も素人の私を事細かく指導・応援していただきました。
【③に対する八幡の意見】 確かに現場にはそういう風潮があります。この結果、できる生徒たちはほったらかしにされることになります。
【④に対する八幡の意見】 確かに大学で授業をしてみせてもらえる教授はほとんどいないでしょう。理論ばかりです。親しくさせてもらっている田尻悟郎先生(関西大学教授)は例外中の例外です。以前、私が現役で松江北高に勤めている時には、島根大学のO教授が教員志望の学生を引き連れて、何度も私の授業を参観しに来ておられました。今ではこんなこともないでしょう。
【⑤に対する八幡の意見】 流行のICT機器を使って、あれもこれもという文部科学省肝いりの授業が松江北高でも展開されていました。私などは「今の授業で生徒にどんな力がついたのか?」と疑問を呈して嫌われていました〔笑〕。「生徒の力をつける」ことより、機器の使用や流行の指導法が目的化するのは本末転倒でしょう。
以前、私が松江南高校に13年間在職していたころの島根県は、センター試験の成績も全国でトップテン近辺でした。それが今や43-45位にまで急降下。なぜでしょうか?当時は、「松江北高に追いつけ、追い越せ」を掛け声に、生徒の力をどうやって伸ばすか?に全教員が一致団結して全精力を注いでいました。「教員の力以上に生徒の力が伸びることはない」ので、各教員が自分の英語力をつけるために、最大限の努力を惜しみませんでした。学校勤務が終わってから、英会話学校に急がれる先輩の先生、誰よりもたくさんの本を読んで教材研究の準備をされる先生、当時はまだ珍しかった視聴覚機材を用いて授業される先生。そういった先輩の先生方を横目に見ながら、研鑽に励んだものです。週末にみんなでALTの自宅に集まって勉強会をやったりもしたのもいい思い出です。休みには、各自が自主的に自費で研修に出かけていました。長期休みに入ると、そんな先輩の先生方と遠方へ(東北・北海道・九州地方)旅行に出かけては、夜遅くまで教育の話に花が咲き、若手と年配の先生方の交流が深まったものです。定期試験中に入ると、会場を貸し切って将棋・碁大会を開催して豪華景品を争ったり、野球やテニスをして楽しんだものです。そんな楽しそうな教員の姿を、体育館の階上から生徒達が羨ましそうに見つめたり、応援してくれたのが懐かしい思い出です。熱が入ってくると、全員でユニフォームまで新調して、他高へ他流試合に出かけたものです。結束が固まるわけですね。こうやって、仕事と遊びを上手に切り替えて、明日への活力を養っていたように思います。やり甲斐を感じ、誇りとプライドを持って働いていたように思います。その結果、島根県でも松江北高を追い抜いてトップの成績を取るまでに大きく成長する学校となったのです。今では全くこういうことはなくなりました。ただ勉強だけです。さらには上から命令される数多くの雑務や形式的な研修がこれに加わり、多忙感だけが募るようになりました。「ゆとり」教育を「ゆるみ」と勘違いした現場が、やるべきことをやらなかったつけが、ここになって大きくクローズアップされるようになったわけです。
今までの教員生活を振り返って、何か若い先生方に伝えておきたいメッセージを書いてくれ、と島根県教育委員会から依頼を受け、そんなことを書き綴ってみました。「先輩からの言葉~平成25年度教科チーム養成事業に寄せて~」(島根県教育庁高校教育課、平成25年)私の履歴書のようなものです。ぜひお読みください。♥♥♥
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八幡成人「英語教員としての歩み」 『先輩からの言葉』 島根県教育庁高校教育課 ⇒コチラで読むことができます



