geek~言葉は変化する

 フジテレビで7月から「ギークス~警察署の変人たち」という番組が始まっています。タイトルにもなっている「GEEK(ギーク)」とは、言うなれば賢いオタク、好奇心旺盛で、卓越した知識や技術を持っているのに、人間関係を苦手としている人たちのことです。頭は切れるのに、人間関係に難アリな警察署勤務の女ギークたちが、週末の井戸端会議で事件解決をスーパーアシストしてしまう、新感覚の井戸端謎解きエンターテインメントです。今日はここで使われている英単語のgeek/gi:k/について取り上げます。

 元々「geek」は、サーカスや見世物小屋で奇妙な芸をする人、特に動物や珍しい展示物に関する専門知識を持つ人を指しました。この時期の「geek」は、一般的に社会的に不器用であることや、専門分野への異常な興味を持つことを示す言葉でした。geek といえば、かつては「変人」とか「オタク」とか「マニア」「いやなヤツ」「世間知らず」「全くくだらない人」「おかしな人」といった、あまり良くない否定的な意味で使われるのが一般的でした。今でも英和辞典にはそのような訳語が並んでいますね。元々は、サーカスやパレードなどの見世物で、ヘビや鶏を食いちぎったり、昆虫を飲み込んだりするパーフォーマーのことを指していたり、1950年代のプロレス界では、プロレスラーが敵を「へたれ野郎」とののしる挑発の言葉としても広まった語です。ここから時代と共に、geekは少しずつ変容していきます。

■コンピュータ文化の台頭 (20世紀後半):

    1960年代から1970年代にかけて、コンピュータとテクノロジーに強い興味を持つ人々を指すようになりました。彼らはコンピュータや電子機器に対する深い理解や知識を持ち、技術的な分野で熱心に活動する人々として「geek」と呼ばれました。この頃から「geek」は、ポジティブなニュアンスで使われることが一般的になりました。

■ポピュラーカルチャーの変容(21世紀):

 インターネットの普及と共に、「geek」のイメージは広がりました。コンピュータやテクノロジーだけでなく、漫画、アニメ、ゲーム、SF文化、あるいは特定の趣味や興味を深く追求する人々を指す言葉として使われるようになったのです。この文脈では「geek」は、誇りを持って自分の趣味や専門知識に没頭する人を指すポジティブな表現として認知されています。

 まとめると、「geek」という言葉は、最初は奇抜で社会的に不適合とされる者を指していましたが、コンピュータやテクノロジーの発展と共に、技術や特定の趣味に対する深い理解と情熱を持つ人々を称えるポジティブな意味の語へと変化しました。しかし1990年代のコンピューター産業・ワールドワイドウェブ(WWW)・インターネットの躍進と、それに伴うgeekたちの活躍により、今では「専門家の」(=expert)とか「博識の」(=knowledgeable)といった褒め言葉として使われるようになってきました。そのことは、中村良夫・髙橋邦年・Alexander McAulay・山之内哲也『ネイティブの語感に迫るアクティブな英単語力<大学入学レベル>』(開拓社、2018年)の125ページにも「意味の変化に注意」として出ています。

   My wonderful brother Tom, who is a computer geek, fixed my laptop.(僕の兄のトムはコンピュータの達人でね、僕のノートパソコンを直してくれたんだよ)

 そのことは、英米の辞典のgeekの定義にも見て取ることができます。“a person who is preoccupied with or very knowledgeable about computing” [CED] / “a person who is very  interested in and knows a lot about a particular field or activity : She’s a computer geek.” [MWALED] / “a person who is very interested in and who knows a lot about a particular subject : a computer geek” [OALD]   明らかにポジティブな意味で使われています。この語はコンピュータに関してよく用いられるようですね。コンピューター雑誌に勤務するネイティブの人が言うには、geekは、“at least somewhat knowledgeable computer enthusiast”を指す言葉だということです。多くのネイティブたちの意見も同様です。時代の変化と共に、この単語の意味に変化が見られることは、オックスフォード大学辞書編集部のブログの、“How ‘geek’ has changed over time”(2013)にもはっきりと書かれています。⇒コチラで読むことができます   geek, nerd, dweeb, dorkの意味のかぶり具合を分かりやすく表したベン図を見つけました。

 同じような意味として使われてきたnerd(絵本作家ドクター・スースの作品に由来)は、依然として、頭はいいけれど見た目の変わった社交性のない「変なヤツ」という否定的なニュアンスが強い単語のようです。CEDのgeekとnerdの項の定義を読み比べるてみると、そのことがよく分かります。このことはさらに、“informal + usually disapproving” [MWALED] / “―used to show disapproval” [LDOCE] / “informal, disapproving” [OALD] といった英米の辞典のレーベルにも現れていますね。しかし、この語も、今は徐々にポジティブな意味で使われ始めていると、以前の北高ALTのジーノ先生(ニューヨーク出身)が教えてくれました。しかしgeekもnerdも、今ではあまり普通に使われる単語ではなく、最近はやりの丁寧な単語としては、[形]tech-savvy(〔人・企業などがコンピューターなどの〕現代テクノロジーに精通した)だそうです。勉強になりました。

 このように言葉というものは時代と共に変化していく生き物ですから、注意が必要です。かつて2008年に、当時の福田康夫(ふくだやすお)首相は、「北京オリンピック開会式」を控えた日本選手団を激励するために、選手村を訪れました。選手たちを前にした首相は「せいぜい頑張ってください」と挨拶をしました。この発言に対して早速猛批判が起こりました。「これから全力を尽くそうとしている選手たちに対して、その言い方はないだろう」というわけです。福田首相の発言を報じた某有名新聞記者の記事のタイトルは“「せいぜい頑張って」五輪代表を福田首相流?激励”というもので、福田首相の揚げ足取りに必死なのがよく分かります。確かに国語辞典には「(あまり結果を期待しないが)できるだけ」と出ています。これでは批判が起こるのもしごく当然です。では福田首相は本当に嫌みで「せいぜい」と言ったのでしょうか?「せいぜい」という言葉は、最近では“嫌み”と思われがちですが、実は激励の際に使う言葉としては間違ってはいません。本来の正しい意味は「できるだけ」「精一杯」「是非」という前向きな言葉として使われたのです。「(古風)じゅうぶんに」と辞典にもあります。古風な言い方で、今の若い世代には縁遠い使い方でした。1977年の山田洋次監督の名作映画「男はつらいよ 寅次郎と殿様」では、一人旅の女性の身を案じた寅さんが、宿屋のおかみに「あれは何か訳かありだなあ。おかみさん、せいぜい優しくしてやんなよ」と語る場面がありますが、これなども「じゅうぶんに優しくしてあげてよ」という意味で発しています。首相も同様に別に悪気はなくこの意味で使ったものと思われます。しかし言葉は時間と共に変化する生き物であるという事実をうっかりしていたのでしょう。異なる世代の人々には、“嫌み”に受け取られたり相手を煽る言葉と思われたり、意図と違った形で受け取られるかもしれないということを、常に注意しておく必要がありました。福田首相もここら辺を考えて慎重に言葉を選べば勘違いされることはなかったでしょう。♥♥♥

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