『自己ベスト-3』解説

 小田和正(おだかずまさ)さんの記録ずくめのベストアルバム『自己ベスト』。前作の『自己ベスト-2』から約17年もの月日を経て、3作目となる『自己ベスト-3』が11月27日にリリースされました。2023年の配信限定シングルや、2024年の最新タイアップ曲など、全16曲を収録、小田さん自身が納得のいくまで練られた選曲となっています。初週に5.1万枚を売り上げ、最新の「オリコン週間アルバムランキング」で初登場2位を獲得し、77歳3カ月でのトップ3入りとなり、2022年7月年に吉田拓郎さんが『ah―面白かった』で達成した76歳3カ月を抜いて「アルバムTOP3入り最年長アーティスト」の歴代1位となりました。今日は、17年後に3作目が発売に至った経緯や選曲の中身について取り上げます。ジャケットは『1』『2』の時と同じイメージのイラスト(作者・あべひとみさん)です。

▲『自己ベスト-3』と特典のオリジナルステッカー

 小田さんのベスト・アルバムといえば、他のアーティストとは一線を画した『自己ベスト』のシリーズが有名ですね。単なる過去のベスト・セレクションにとどまらず、ソロとなった小田さんが、オフコース時代の名曲を、その時点で最良のものへアレンジし直した〈セルフ・カバー〉楽曲を含んでいるのが特徴でした。これにより、全キャリアから本人納得ずくのヴァージョンでの選曲が可能となり、その第一弾であった2002年4月『自己ベスト』は、内容的にもセールス的にも、大きな成果を上げたのでした。その5年後には、続編の『自己ベスト-2』もリリースします。そして、あれから17年という長い歳月を経て、新たに『自己ベスト-3』がリリースされたのです。自分ではいろんなことをやってきたつもりなのに、周りからは「同じような曲ばっかりじゃん」と、オフコースの時もソロになってから言われました。何と言われようと、いろんなことにチャレンジしてきた小田さんです。みんなが選んだとしたらきっと選ばれないだろうなという曲も入っており、小田さん自身の思い入れやこだわりも大きく働いたようです。ここら辺がベストアルバムの『あの日 あの頃』(2016年)とは差別化されるところです。最新のファンクラブ会報「Far East Cafe Press」には、小田さん最大の理解者・小貫信昭さんによる小田さんの深掘りロングインタビューが掲載されており参考になります(写真下)。

 再びこうしたアルバムを出そうと思ったのは、自分には残しておきたい楽曲が、まだまだあったからなんだよ。もちろんベストとなると、〈この曲は入れておきましょう〉みたいな周囲の意見もあるわけで、そこにも従いつつ、でも自分としては、こういう機会に入れておかないと〈埋もれてしまうような曲〉にもこだわってね。全体としては少ないものの、そういう作品も選びましたね。

  まずは、ここ最近の活発な楽曲制作活動を伝える新曲たちが入っています。ドラマ「この素晴らしき世界」主題歌「what’s your message ?」や、同じくドラマ「ブラックペアン シーズン2」の主題歌「その先にあるもの」、さらに明治安田企業CMのために新たに書き下ろした「すべて去りがたき日々」です。どれも小田さんならではの自然で味わい深いメロディと、真摯な眼差しによる日本語が活かされ、極上のポップ・ソングに仕上がっています。この3曲の中で特に注目されるのは、いま現在、テレビの明治安田企業CMとして我々の耳に触れる機会が多い「すべて去りがたき日々」でしょう。小田さんはこの作品に関して、こんなことを話してくれました。

 「すべて去りがたき日々」というタイトルは文学的というか、ちょっと社会派な印象もあるけど、音のほうはイントロとかカントリーみたいにホンワカしているんだよ。曲を書いていた時は、「この広い野原いっぱい」(森山良子の歌でヒットした1967年リリースのフォーク・ソング)のように、シンプルで〈みんなが歌えるようなもの〉になったら、ということだったけどね。

 小貫さんは、「「すべて去りがたき日々」は稀代の名曲じゃないでしょうか。余計なものは沈殿させて、小田さんの想いの上積みをすくい上げた感じの聴き心地ですし」と語りました。実は〈みんなが歌えるようなもの〉というのは、今回の『自己ベスト-3』のテーマの一つかもしれません。コロナ禍の中で制作された「風を待って」「こんど、君と」にも、それは共通するものです。

 結局この2曲は、気づけば同じようなテーマになっていたんだ。みんなに日常が戻ってきた瞬間を想いつつ、むしろ、コロナを感じさせない歌を目指して書いてみたりもした。「風を待って」は、確かに〈みんなが歌えるようなもの〉を目指していたところがあった。またいつか、ステージと客席が一緒になって歌える日を願ってね。

 この曲には数多くのアーティスト(大橋卓弥・熊木杏里・JUJU・根本要・松たか子・水野良樹・矢井田瞳・和田唱)がコーラスで参加しているのですが、コロナ禍のために、当時は一同に会することができなかったため、一人ひとりがマイクの前に立ち、それを後からミックスダウンして完成されています。

 『自己ベスト』シリーズには、オフコース時代のセルフ・カバーが収録されているのも特色の一つです。今回は、「哀しいくらい」「I LOVE YOU」の二曲です。オリジナルを知る人には実に新鮮なものと感じられ、アレンジや歌唱の方向性が、かなり変化しています。「哀しいくらい」オフコース時代の方がリズム・セクションがタイトでAOR的であり、のちにセルフ・カバーしたものはダウン・トゥ・アースでしっとりした感じのルーズな感覚が加味されています。しかし、私はオフコース時代のアレンジの方が好みですが。

 さらに注目なのは、小田さん自身の強い思い入れから選ばれた歌たちでしょう。世のベスト・アルバムの選曲基準というのは、人気曲が優先されるのが一般的ですが、アーティスト本人の思い入れからの選曲というのも珍しく、見逃せない要素ですね。今回の『自己ベスト-3』に限らず、本人にしか分からない選曲の背景が知りたくなりますね。このアルバムの場合は、「遠い海辺」、「とくべつなこと」、「mata-ne」が、そんな選曲基準にあてはまる作品なのだそうです。例えば、「とくべつなこと」なら、2000年のアルバム『個人主義』のラストに、締めの1曲として静かに置かれていた隠れた名曲です。しかし本人としては、自分がそれまで築き上げてきたポップ観とは、また少し異なる位置づけのものになっています。我々ファンには計り知れないことが多い、ということでは、さらにその傾向が強いのが「遠い海辺」です。

 曲を書いていると、〈これは以前に書いたことがある、何かの曲に似ているな〉みたいなことがあるんだよ。それでは困るので、書くのをやめてしまうことがある。でも、よくよく考えると、その似ている曲というのが、「遠い海辺」だったことが何回かあったんだよ。

この話から推察するに、つまり「遠い海辺」というのは、ソングライター・小田和正の中から湧き出てくる、まさに〈旋律の原風景〉みたいなものをたたえた作品なのでしょう。

 傑作なエピソードがあるのが、ネイザン・イーストへの提供曲「Finally Home」をセルフ・カバーした「mata-ne」です。ネイザンといえば、ボブ・ジェームスなどとのフォープレイや、エリック・クラプトン・バンドでも有名ですが、小田さんのレコーディング現場にも、長きにわたり欠かせない人物なのです。そんな彼からサイモンとガーファンクル「明日に架ける橋」のような曲をと、作曲依頼が舞い込み、小田さんは快諾し、曲を送り、やがてネイザンの方から、英語詞のついたデモテープが送られてきたのでした。しかしそれは、小田さんがイメージしていたものより、相当R&B色が強いソウルっぽい仕上がりだったと言います。それは流石の完成度ではあったのですが、ここはハッキリ言おう、ということで、自分の好みではないことを彼に伝え、すでに作曲者として頭の中にあったイメージをもとに、改めて新たに日本語詞をのせたのが「mata-ne」だったのです。このことにネイザンが憤慨したのかというと決してそうではなく、その証拠に、「mata-ne」でご機嫌なベースを弾いているのは、誰あろう、そのネイザン本人なのでした。放っておくと埋もれてしまうので、今回のベストに入れようと思いました。

 さてここで、衝撃的なニュースが飛び込んできました。小田さんによるTBS系の伝説の音楽番組「クリスマスの約束」が12月24日の放送をもって、今年で最後となることが発表されました。コロナ禍のために一同に会することが困難であったことから、3年ぶりの放送で、全国ネットで午後10時からの放送と深夜帯の二部構成(10時~10時57分、11時56分~1時56分)で放送されます。小田さんの地元・横浜のライブ会場「KT Zepp Yokohama」ですでに収録が行われ、小田さんはステージで「大事な話があるのでこれを読まさせて頂きます」と1枚の紙を取り出し、特別な思いを語り、感謝の気持ちを表明しました。

 クリスマスの約束」は一度きりで終わるはずの番組でした。それが懸命に戦ってくれたスタッフたち、音楽を愛するアーティストたち、そして、なんと言っても放送を楽しみにしてくれていた視聴者の皆さんに支えられて20回も続けてこられたんです。くじけそうな時もたくさんありましたが、今振り返ればすべてが楽しい思い出です。クリスマスの約束をやらなければ出会うはずのなかったたくさんのアーティストたち。そして、一緒に番組を作ってくれたアーティストの仲間たちがいたから、目指す番組ができたんです。僕の音楽人生の中のかけがえのない時間でした。“続けてきて良かった” 今、心からそう思います。そして、“クリスマスの約束楽しみにしています”と言ってもらえるうちに番組を終えることにしました。寂しいけれど、それがいいと本当に思ったんです。みんな、本当にありがとう。ありがとうございました。

 小田さんがいいなと思った曲を演奏する。その曲は、その人が出演しなくても歌う。来てもらえなかったとしても、いつか、一緒に歌えるかもしれないから、その曲に敬意を表してできるだけ原曲に近く努力してやる。次の曲も来てくれないかもしれない。それでもやる、と決意した小田さんが「クリスマスの約束」を始めました。第一回目は誰一人来ませんでした。2001年から始まったこの番組は、今年で20回目を迎えます。これまでの10万通を大きく上回る、史上最多20万通の応募の中から選ばれた1,000人のファンが見守る中での突然の終止符発表に、手で口を押さえて驚いたり、大粒の涙を流す観客の姿もありました。そんな客席を見た小田さんは、「ここで皆さんがどんな反応があるのか、ずっと考えていましたけれども、泣かないでください。楽しくと約束しましたから、楽しく楽しくやっていきたいと思います」優しく呼び掛け、会場を一つに盛り上げました。これまでの名場面を振り返りながら、豪華アーティストたちとのコラボ映像に「感動しましたね」と感無量の様子。「映像を見て、当たり前だけど手抜きがないなっていう、誇れることがたくさんあって…。頑張ってきてよかったな。幸せに思っています、どうもありがとうございました」と頭を下げました。

 「言葉にできない」「たしかなこと」「この日のこと」などの名曲を披露し、「緊張してしまって、みんなに歌ってもらえると助かります」とファンに呼びかける場面もありました。「キラキラ」「ラブ・ストーリーは突然に」では、観客も手拍子をしながら総立ちで、会場のボルテージは最高潮に達しました。 「小田さんありがとう~!!」という客席の声と、鳴り止まない拍手に応え、3度のアンコールを含め、約4時間に及んだ番組収録は、最後には、ゲスト1人ずつと熱い抱擁をして、喜びをかみしめながら「幸せです。楽しかった。みんなありがとう~!」と感謝を伝え、笑顔で23年間の幕を閉じました。今から12月24日を楽しみにしたいと思います。私はクリスマスケーキ(Ciistandで予約済)を食べながらこの深夜番組に釘付けになります。♥♥♥

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