なぜ京都には世界的企業が多いのか?

 東京一極集中が長く続き、大企業もほとんどが東京に本社を置いている中で、精密小型モーターで世界トップのニデック、電子部品大手の京セラ、世界的エンタメ企業に成長した任天堂、セラミックコンデンサで世界トップの村田製作所、世界的な分析・計測機器メーカーの堀場製作所、その他にもオムロン島津製作所ロームワコール、餃子の王将など、日本を代表する「ものづくり」企業が、京都に本社を置いている「京都銘柄」です。なぜこのように、京都から次々と世界で戦えるビジネスが生まれているのでしょうか?今年最後の話題として、これを考えてみたいと思います。

 794年(延暦13年)から1869年(明治2年)まで、1075年もの長きにわたって日本の首都だった京都には、「利他の精神」が受け継がれています。京都は、天皇や時の権力者の庇護を受けて数多くの寺院が建てられた宗教都市です。そのため、仏教の利他の精神が、高度成長期でも、バブル期でも、グローバル化が進む中でも、失われることなく大切に守られてきました。京都の企業にも、その価値観が浸透しているところが多くあります。一時の儲けを狙って持続性のないビジネスをしたりすることなく、長期的な視野で、世の中のためになるビジネスを着実に行なっている企業が多いことが、京都に世界的な『ものづくり』企業が多い背景にあるのではないでしょうか。また、他の誰かが儲かっているからその真似しようとする姿勢は、京都弁で言う「けったくそ悪い」ことで、「恥」とされます。それぞれが歴史や伝統を継承しながら、匠の技術で「ほんまもん」を追求する意識が非常に高いので、世界で認められる製品を作ることができます。それこそが京都ならではの強みなのです。

 そして、京都人の目が厳しいことも忘れてはなりません。京都は町衆の力が強い街です。「利他の精神」を大切にしている町衆から信頼されない企業は、人材を採用するのも難しく、京都で生き残ることはできないでしょう。京都が日本の首都として、また、宗教都市として発展したことは、『ものづくり』を育むことにもなりました。第2次世界大戦で空襲の被害が少なかったことや、災害が少ないことなども、京都から世界で活躍する『ものづくり』企業が続々と生まれている要因のようです。

 京都人は時流を読むことにも優れています。『京都人は腹黒い』とよく言われますが、時流を読みながら、それを態度に出さないということです。京都には、戦国時代なら織田信長、豊臣秀吉、徳川家康というように、時の権力者が入れ代わり立ち代わりやって来ました。ですから、京都人は、権力者はどんどん変わるものだということをよく知っています。もし誰かを支持したら、権力者が変わったときに、自分の身が危うくなる。だから、頭の中では敏感に時流を読みつつも、旗幟を鮮明にしない。長く生き残るための知恵ですね。 

 京都企業をヒト,モノ、カネ、情報で見ていくとその強さの秘密が見えてきます。強いのはヒト、情報そしてカネの三つです。まずヒトについては、二つの要因が考えられます。一つは伝統工芸の職人や技術者が多くいたこと、もう一つは大学生が多いことです。工芸職人の技術が役立ったケースとしてもっとも有名なのが、清水焼の土の配合技術を活用した京セラ。他にも島津製作所堀場製作所などが京仏壇の技術の恩恵を受けています(具体的には薄膜やメッキなどの微細な表面処理技術に仏壇の加工技術が活かされている)。ビジネスになるアイデアを思いつくことができれば、それを実用化するための技術を持った人間が京都にはいたのです。これが伝統の強みです。個々の企業の力だけでなく、業種をまたいだ横のつながりが強固なことも特徴です。産学連携も濃厚です。京都市では大学生が人口の約10%を占めています。この比率は全国でもトップです(ちなみに東京が23区で約6%、大阪に至ってはわずか2%に満たない)。10万人あたりの大学数や総人口に占める大学生の割合が全国1位の学生の街です。その大学の中でも、京都大学は特に産学連携に積極的なことで知られています。たとえば村田製作所は新事業スタートにあたって京大工学部の協力を得ているし、京大には「京都大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー」と呼ばれる起業家の育成支援組織も大学内にあります。地元の大学が生み出すイノベーションの源泉を積極的に取り込もうとする機運が高いのです。

 では、モノ、カネ、情報はどうなのか。資源という意味で見ると京都にはモノはありません。インフラ面でも港は舞鶴まで行かなければならないし、空港は伊丹関空中部です。決して恵まれているとは言えないでしょう。あえて言うなら新幹線が止まることがせめてもの救いと言えるぐらいでしょう。カネについては微妙です。少なくとも今に名だたる京都企業の創業時に、行政からのカネは出ていません。なにしろ京都は1950年から1978年までの長きに渡って蜷川知事が共産党主導による革新府政を行なってきたのです。共産主義では資本家は労働者を搾取する存在、すなわち敵に等しいものとして見なされます。その資本家たちが経営する私企業を蜷川知事が応援することはついぞありませんでした。京都には特有の歴史資産もあります。すなわち京都は歴史が長いだけあってお金を持っている住民が結構います。彼らは、お上が金を出してくれないなら、自分たちで何とかしようという気概を持っています。例えば、日本で最初の小学校は京都上京第二十七番組小学校ですが、これは住民たちがお金を出し合って作った学校でした。

 強烈な個性を持ったカリスマ経営者が多いことも特徴です。そして京都の経営者は社長・会長を長期間務める「オーナーズマインド」を持つ人が多いのも特徴です。創業精神を失わない経営トップが長く舵取りを担うことで、長期的な視野で物事を見ています。数年単位で交代して、既存の枠組みから飛び出すことのできない企業的のサラリーマン社長との違いが際立っています。

 京都は四方を山に囲まれて土地が限られ、大量生産の大工場を作ることは困難です。人口比率でも全国わずか2%の市場規模にすぎません。箱庭のような環境だからこそ、小さくても独自で付加価値の高い製品を生み出し、世界に打って出る必要に迫られていたのです。今日は「なぜ京都には世界的企業が多いのか?」という疑問を八幡なりに考えてみました。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す