「亀の井観光バス」

 「亀の井バス」は、昭和3年に大分県別府市にあった「亀の井旅館」のバス事業部として「亀の井自動車」が設立したのが始まりで、今年創業から96年になるバス事業者です。それ以来、定期観光バスや、路線バス、貸切バス、そして現在は高速路線バスも運行しており、現在は別府市由布市及びその周辺地域、さらには福岡など主要都市への足を担うバス事業者として現在に至っています。中でも、定期観光バスは創業時より運行されていることもあり、亀の井バスの歴史としては絶対に欠かせないものとなっていて、創業と同時に運行を始めた「地獄めぐり」は、日本国内で最も長い歴史を持つ定期観光バスで、加えて日本で初めて女性バスガイドを採用した事業者でもあるのが特徴です。

 これらの設立へと舵を切ったのが、「九州観光の祖」「別府観光の父」と言われている油屋熊八(あぶらやくまはち)さんです。JR別府駅前には彼のユニークな銅像も見ることができますね(写真下)。愛媛・宇和島出身の熊八は明治25年(1892年)、大阪に出て株式相場で巨万の富を得ましたが、日清戦争で全て失います。新天地を求めて米国放浪。クリスチャンとなり「旅人をねんごろにせよ」という聖書の言葉に影響を受け帰国。別府で旅館やバス事業を始めます。昭和3年、創業者の油屋熊八さんが、別府観光の目玉として「地獄めぐり遊覧バス」の運行を始めました。そこに観光案内をする役目として同乗した少女車掌が、日本初のバスガイドさんです。当時、日本初のバスガイドを乗せた観光バスは爆発的な人気を博したそうですよ。当時知名度の低かった別府のPRに生涯をかけました。「気候の温暖なること実に熱海以上なり 風光は瀬戸内海を前に控え 後に由布鶴見の火山あり」(油屋熊八 1916年)

▲バスツアーの出発地JR別府駅前の油屋熊八像

 「亀の井定期観光バス」は、現在午前と午後の毎日2便、所要時間は約3時間で運行されていまして、7つの定番地獄を回りながら定期運行しています。また、バスガイドさんの案内に関しては、俳句のような5・7・5スタイル。昔ながらの独特な「七五調」での案内となっていて、沿線の観光地を「名調子」で案内するようになっています。これは、かつてマイクがなかった時代に、ガイドの声がバスの後部まで届くように七五調にしたといいます。そして、現在の専用車は、見た目からも鬼の印象さえもあるユニークな専用車両でした。私は午後2時にJR別府駅を出発する「午後の便」に乗って観光してきました。

▲いかにも地獄めぐり風の観光バス

 カラーは青である事から「青鬼」をイメージしたものになっていて、黄色に黒のしま模様から、「鬼のパンツ」をイメージしているようでユニークな感じですね。また、前部には「青鬼の顔」が見え、ナンバープレートから前面のグリル部分、行灯部分、そして窓下の部分までいっぱいに見ることができます。このデザインは、ユニークそうな顔ですので、子供さんは大喜びすることでしょう。さらに、鬼ということで角(つの)も付いています。それにしても、ここまで凝ると、まさに「地獄=鬼」という印象が色濃く出ていますね。

 そして、この車の登録ナンバーは、「大分230あ19-28」と言うことで、亀の井バスが創業した年(1928年)を表していて、「イクスパ(温泉)」の語呂合わせにもなっています〔笑〕。手が込んでいる!

 さて、JR別府駅東口より「地獄めぐり」の観光バスは発車します。この車にはWi-Fiも装備されていますので、車内でインターネットも楽しめるようにもなっています。コロナ禍も明け、今日は観光客でバスはびっしり超満員でした。カーテンが鬼のパンツのトラ柄だったり、ヘッドレストにも青鬼くんがいたり、車内も完全に地獄めぐり仕様です。

▲コロナ解禁で満席の観光バス

 創業時より運行されている人気の定期観光バスですので、それほどこの「地獄めぐり」は伝統ある観光バスであることがお分かりいただけるでしょう。私は7つの地獄を約3時間で効率よくめぐれると聞いて、早速申し込んだんですが(3,900円、4月1日からは4,000円に改定されました)、最初にバスを降りた「海地獄」の駐車場から、そのまま60分間ぶっ通しで歩かされて5つの地獄を見て回りました(駐車場に戻る最後の急勾配の坂道がめちゃキツかった!)。足の悪い私には、こちらの方が「地獄」でしたよ〔笑〕。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す