「水道哲学」

 私の大好きな故・松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんに(八幡家の電化製品は大型テレビを除き全てパナソニック製です)、有名な「水道哲学」と言われるものがあります。「水道哲学」とは、あらゆる物資は水道の水のように豊富に供給されるべきであり、それを実現するのが産業人の使命である、という松下さんの基本的な考え方の一つです。この「水道哲学」を社員たちに説いたことが、松下電器産業を成功に導いていったのですが、彼がこのような考えに至るには、実は、実話に基づく一つの面白いエピソードがありました。今日はそれをご紹介してみましょう。
 ある時、松下さんは街なかの公園を歩いていました。公園にはルンペン――今でいえばホームレス――がいっぱいいて、その中の何人かが水道の水を飲んでいます。その何でもない光景を見て、松下さんは考え込んでしまうのです。ルンペンが水を飲んでいる。水道代も支払わずに飲んでいるのに、誰も咎めないのは、いったいなぜなのだろう?と。
 ルンペンが腹をすかせて、“水もいっとき腹”と考えて水を飲んだところで、そんなことは別にどうってことではありません。とやかく言うほうがおかしいでしょう。だから、普通の人なら素通りしてしまうところです。けれども松下さんは、道々、どうしてだろう?と考え続けました。そして、思いつくのです。水道の水というのは、蛇口さえひねれば、どこでもふんだんに出てくる。しかも、どんなに使っても気にならないほど料金が安い。だから、ルンペンがただで飲んでいても、誰も気にも留めないし、咎めもしないのだ、と。ということは、この水道の水のように、豊富に、しかも安く生活必需品を提供すれば、そのことが社会の繁栄に直結し、貧乏をも克服することができるはずだ。これこそが、松下さんの「水道哲学」の原点でした。

 水というものは、人間にとってなくてはならない貴重なものです。それを通りすがりの人が思う存分に飲んでいます。しかしそれを誰一人として泥棒だと責め立てたりはしません。それは水が豊富にあり価格も安いからです「これだ!―いい物をたくさん!!これを実現することにより、物質的な豊かさを生み出し、人々の幸福を実現していくお手伝いをすることこそ、自らの使命だ!」と、松下さんは強く思いました。「水道哲学」の原点がまさにここにありました。そしてこれを実践することにより、堰き止めたダムの水によって干ばつがしのげるように、会社経営にも資金や設備あるいは在庫といったさまざまな面に、「ダム」があれば余裕のある経営ができる、という松下幸之助さんの有名な「ダム経営理論」へと発展していきました。

 どうして松下さんだけが、誰もが見ているはずのごく普通の風景から成功哲学を導き出したのでしょうか?ルンペンの水飲みと成功哲学との間には一見何の関係もないし、ルンペンの水飲みという光景の中に、「成功」を連想させるものは何一つとしてありません。そこから成功哲学を発想させるためには、やはり、松下さんの頭の中に何らかの成功へのイメージがあって、それが濃厚に凝縮されていたからこそ、無関係と思える二つのものを結びつけることができたのでしょう。彼は自分のアンテナにひっかかることを、全て立ち止まって考えたのです。ひっかかることが多いから、立ち止まって考える場面も当然多くなります。その一つがルンペンであったのです。そもそも生産者の使命は、貧をなくすために貴重なる生活物資を水道の水のごとく無尽蔵ならしめることです。どれほど貴重なものでも、量を多くして無代に等しい価格をもって提供することにあるのです。「いわば水道の水のように、いい物を安くたくさんつくるということは、いつの時代でも大切なことやで」(松下) 

 よくよく考えてみると、「いい物」というコンセプトと、「安く」というコンセプトと、「たくさん」というコンセプトは相矛盾する考え方です。「いい物」をつくろうとすれば手間もかかりコストも高くなる。それを「たくさん」つくるというのは、不可能に近い至難の業です。その不可能を可能にすべく、科学者、技術者、産業人が必死の努力を重ねたからこそ、今日の発展・繁栄をみることができたのです。「いい物を安くたくさん」作っていくということこそが、人間の使命であると、無意識のうちに人間は感じ取ってきたからこそ、技術革新が次々と起こってきたのです。松下さんは、むしろ素直にその真理を、「水道哲学」という言葉に置きかえたのでした。

 なおこれには後日談があります。高度成長が行き詰まった後のことですが、この「水道哲学」のことについて聞かれて、「最近は水道の水のように、あふれんばかりにモノを作るようになったから公害が出る、といわれて具合が悪くなった」と笑って答えたといいます。しかし、時代の差こそあれ、この「水道哲学」は今でも生きていると私は感じています。公害やゴミ問題が出るのは、「水道哲学」のせいではなく、その利用の仕方に問題があるからでしょう。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す