渡部昇一先生のエピソード(45)~過度なメモは×

 文章を書く材料を手帳に克明にメモしておくべきかどうかについての、故・渡部昇一先生のお考えです。名著『知的生活』(The Intellectual Lifeを著したハマトンは、絵画と写真はどこが違うか?という話のところで、次のようなことを言っています。「ある景色を考えてみよう。写真は全部、その景色を写し込んでしまう。ところが、絵画の場合、画家はその景色を見て、スケッチしたものをのちにアトリエで仕上げたりする。そうすると、印象の強いところだけが残る。それが個性というものである」 これを先生なりに解釈するならば、「物事は忘れ残されたところに個性がある」ということでした。同様に、面白い話を聞いて、「これは興味深いな」と思って頭に残っていれば、それは個性に合った話であり、何も残っていなければ、関心がなかったということなのです。

 つまり、面白い題材は記憶しておけばよいことであって、何でもかんでもメモを取るというのは、時間の無駄に過ぎない、というのが渡部先生のお考えでした。「これは、いずれ使いみちがあるな」と直感したものだけをメモしておけばよいのです。先生も手帳は携帯しておられましたが、面白いなと思ってメモしたものは、ほんのわずかに過ぎませんでした。一年たっても、一ページを埋めることができるかどうか、それぐらいのところでした。印象深いものは頭に残るのだから、とにかくいかに忘れるかが重要なのです。あまり関心もないことに詳しいメモを取る時間があるくらいなら、その分、読書の時間に充てる方が、どれだけためになることかしれません。

 先生はかつて、大手新聞の女性記者と対談したことを回想しておられます。その女性記者は、テープレコーダーを使うどころか、メモを取ることさえ全くしませんでした。これには、先生もいたく感心させられました。掲載された内容も、先生の考えを十分に反映したものでした。おそらく、その女性記者には、こう書きたいという内容があり、それを当意即妙の質問によって先生から引き出して、記事としてまとめ上げておられたのでしょう。取材後にテープを確認したり、メモを整理するという面倒な作業を省くことができる、実に効率のよい時間の使い方です。これは誰にでも真似のできることではないでしょうが、メモを取るのは最小限にとどめ、印象深いことだけを頭に残しておくのがよいのではないでしょうか。

 一般のビジネスマンの場合はどうでしょうか?大変重要な会議だから、一言も漏らさずテープに録音しておこうなどと思う時があるかもしれません。しかし、そうしたことは極力避けるべきです。時間を効率よく使っているとはとても思えず、およそ知的生活者がやるべきことではないというのが渡部先生のお考えでした。学生たちが大学の講義を全部録音することがよくありますが、録音のしっぱなしで、後でじっくりと聞くということはないようです。たとえ重要な会議であっても、ノートにメモを取るだけで十分でしょう。そのメモにしても、もちろん一字一句書き留めることなど愚の骨頂というもので、これは重要だという「キーワード」を書き留めておくだけでいいのです。時間がたてば、その「キーワード」だけでは会議の要点を忘れてしまうかもしれません。いまいち自信が持てないという時には、会議の後の数分を利用して、そのキーワードに対して印象深いことを書き添えておくことです。そうしておけば、会議の要点を忘れてしまうこともないでしょう。詳しい記録は議事録を採る人の仕事なのです。私はメモを取る際には、こういったことに注意を払ってやっています。♥♥♥

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