城山稲荷神社

 昨年の9月から放送しているNHKの朝ドラ「ばけばけ」効果もあって、観光客がものすごく増えた松江市です。市内への観光入り込み客数は延べ950万9,197人で、2024年と比べて8.9%(約77万4,000人)増加しています。昨年の12月だけでも、小泉八雲記念館の入館者数は同月比で前年の3倍、小泉八雲旧居は5.5倍と異例の活況です。ドラマに出てくる八重垣神社城山稲荷神社月照寺などを巡る周遊観光も増えているようです。主な観光地の実態は次の通りです。

■松江市内の主な観光施設の入り込み客数(2025年)※( )内は対前年比

◎国宝松江城     42万1,404人(104.8%)
◎八重垣神社     24万3,318人(116.1%)
◎由志園       23万4,690人(105.2%)
◎松江歴史館     20万5,045人(147.5%)
◎堀川遊覧船     19万7,185人(103.7%)
◎松江フォーゲルパーク18万5,497人 (96.1%)
◎小泉八雲記念館   14万2,530人(165.2%)
◎レイクライン    13万6,811人(140.6%)
◎小泉八雲旧居    10万3,476人(258.4%)
◎武家屋敷       6万6,150人 (96.3%)

 松江城山内をのんびりと散策できる遊歩道があります。椿谷や梅林では緑浴も楽しめ、またお堀端では水鳥や亀が日向ぼっこをしている姿が見えます。その遊歩道のルート途中に「城山稲荷神社」があるのです。かつて武士や馬が通っただろう細い露地の傍らに、誰もが目を引く紅色の鳥居(写真上)。モノトーンの松江城、鎮守の森の趣を思うと、その「赤」はどこか異様でもあります。いくつも並ぶ赤い鳥居のその奥に何があるのか・・・引きずり込まれるかのようにそちらへと足が向きます。幾つもの鳥居をくぐると、拝殿門へ続く長い石段が現れます。

 寛永15年(1638年)、家康の孫である松平直政が松江に来たとき、枕元に一人の美しい少年が現れたといいます。その少年は「私はあなたを全ての災厄からお守りする稲荷真左衛門です。城内に私の住む場所をお作りくださるなら、城内の建物はもちろん、江戸のお屋敷まで火事からお守り致しましょう」と告げて消えました。そこで直政は城内に「稲荷神社」を建てたと言われています。そのことからここの神札は火難除けとして、町中のどの家にも貼られていたようで、あの小泉八雲(ラフカディオハーン)も、この神札が「松江の唯一の防火設備」と話をしています。言わば一枚の紙きれが魔除けになる・・・そんな日本人の信仰心は八雲にとって衝撃的だったようです。きっと枕元の謎の美少年が、今でも約束どおり松江城、そして松江の町を守っているに違いありません。小泉八雲は、この神社の「火除けの御札」をイギリスのオックスフォード大学にある博物館に送ったりもしているそうです。彼は著書の『知られぬ日本の面影』(Glimpses of Unfamiliar Japanでも火除けのお札について触れており、「木造建築に関していえば、この御札が松江唯一の防火設備である」という文章を残しています(いや、さすがに他にもなにかあったと信じたいですが……)。

 そんな不思議な逸話が残る城山稲荷神社には、千匹もの石の狐が社を囲むように座っています。石狐は風化して苔むし、眼がないものや、ぼんやりと狐の形が分かるものや、大きいものから小さいものまでさまざまです。なぜこんなに石狐があるのでしょうか?火難から守られた人たちがお礼の意を込めて狐を置いていったのだろうか?そんなことを思いながら数えきれない石狐に囲まれて佇んでいると、誰かに見られているような気配を感じる。まるで自分が怪しい人物になったかのようです。狐に見られているのか?枕元の美少年がここにいるのか?ただ参拝に立ち寄っただけなのに・・・。降りかかってくるそんな錯覚を払いよけながら石壇を一歩ずつ下ると、異空間から現実へやっと戻った気がしました。

 小泉八雲は堀をひとつ隔てた所(現・小泉八雲旧居)に住んでいて、城山内の散歩が好きで、この「稲荷神社」にも毎日のように通い、お気に入りの石狐があったと言われるほどでした。その当時は今の倍、2千匹もの石狐がいたらしいですから、ここの「気」の強さも想像を絶するものであったに違いありません。日本の文化、松江の情緒をこよなく愛した八雲には「稲荷神社」はとても神秘的な場所でした。通勤途中によく訪れたと言われています。八雲は愛妻セツやいろいろな人から怪談や昔話を聞いて、それを自分の六感で感じ取っていました。ここ「稲荷神社」八雲の感性に合った場所の一つであり、もしかしたらこうして人知れず、狐と毎日対話をする中から、インスピレーションを感受していたのかもしれません。

 なんにせよ、異国出身の彼からしたら日本の文化は驚くことばかりだったのでしょう。そして「ホーランエンヤ」のスタート地点&ゴール地点でもあるのがこの神社なので、その解説看板もありました。凶作がきっかけで生まれた行事だったホーランエンヤですが、脈々と受け継がれて要素が追加されていき、今では日本三大船神事のひとつとなったわけです。10年に一度のホーランエンヤです。

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 そして階段を登って、こちらが「城山稲荷神社」です。そして自分の見たいものはこの奥にあるのです。かつては隋神門前にありましたが、現在は風化を避けるために、屋根を付けた場所に祀られています。

 そう、奥にあるこの石狐が小泉八雲がお気に入りだったものだそうです。しかしそもそもの話、「自分の好きな石狐を選ぶ」なんてことをしようと思ったということは、選べるほど多くの石狐がいたのでしょうか?その答えは周囲を見ればすぐに分かります。

 いやめちゃくちゃ多い!!そう、この神社は石狐だらけなのです。ちなみにこれでもめちゃくちゃ減ったらしく、明治の頃には数千体あったと言います。自分は「小泉八雲が通勤ついでによく寄っていた」と聞いて、「通勤経路にあるとはいえ、そんなに何度も神社に足を運ぶものか…?」と思っていましたが、『お気に入りの石狐探し』をしていたと思うとなんだか普通にあり得る気がしてきました。なにせ昔はこれが数千体いたわけだし、それにこの神社の石狐は大量生産品にはない味がひとつひとつから感じられる気がしないでしょうか?違いがあるなら自分好みのものをつい探してみたくなるのが人間というものです(いやもはや狐なのかどうかも分からないものもありますが……)。「玉を持つ石狐を見つけると願いが叶う」という言い伝えもあるのでぜひ探してみてください。♥♥♥

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