「JG」の思い出

 私がまだ松江南高校で勤務していた40年も前の若い頃の話です。島根県松江市インターハイが開催され、当時パソコンに詳しかった私とH先生の二人が、競技の速報ニュースの担当者に指名されました。H先生はウィンドウズ「ワード」を使い、私はツアイト社「JG」というソフトを使って作ります。私はバレーボール会場の速報を担当することになりました。H先生は卓球です。夕方の5時頃、その日の試合結果や記事を高校生の生徒役員が学校に持ち帰ってきます。さあ、ここからが私の出番です。試合結果、選手の感想、会場の雰囲気などの記事をソフト「JG」で配列していきます。写真を挿入しながら、夜の10時頃までに版下(B4版両面)を完成させ、取りに来られた印刷屋さんに渡します。そして翌日会場でこの「バレーボール速報ニュース」が配付されるのでした。5日間ぐらいこの生活を続けました。

 今ではもうご存じの方はほとんどいらっしゃらないと思いますが、当時私が使っていた「Z’s WORDJG」は、1987年4月にツァイト社より発売された、グラフィック機能を搭載したワープロソフトです。当時国産ソフトとしては初めてアウトラインフォント機能を搭載し、ポストスクリプトに対応していたことから、「DTPソフト」(Desk Top Publishing)として使われました。当時はDTPと言うと、MacAdobe Pagemakerが一般的に使われていましたが、PC-98シリーズMS-DOSと言う当時の日本の標準的なパソコン環境で、Macと同等のDTP環境を実現できたことからヒットして、「Z’s STAFF KID」シリーズとともにツァイトの主力商品となりました。私はこのソフトが大好きで、グラフィックの部品も多数購入して、これを駆使して美しいDTP文書を作り上げていたのです。しかし残念ながら、Windows95への対応が遅れたためにシェアを失ってしまいます。倒産してとうになくなってしまった会社ですが、「JG」は本当によくできたワープロソフトでした。ワープロ機能だけでなく、図を描くこともとても楽に出来るソフトで、 特に、不要なところを消す消しゴム機能、描いた図の拡大縮小はもちろん、自由に移動することも出来てたいへん使いやすいものでした。 今、「ワード」にしても「一太郎」にしても簡単な描画・作図機能はありますが、使いやすさの点では「JG」にはるかに及びません。ツァイトの倒産で版権がアスキーサムシンググッドに引き継がれた際にもWindowsに移植されることはなく、そのまま版権は不明となっています。

 この時作った作品は、我ながら美しいものが出来たと満足でした。終了後、ツァイト社「JG」を用いてこんなものを作っています、とお知らせしたところ、編集部で「とても美しい文書だ」と、とても喜んでくださり、ご褒美に「部品」ディスクを送っていただいたこともありました。当時私が毎週発行していた学級通信の「あむーる」も、初代はこの「JG]で、続いてマイクロソフト「パブリッシャー」(Publisher)で、その後はジャストシステム「一太郎」を駆使して作ることになるのですが、見やすいレイアウトにするために、いろいろな細かい技に精通できたのは収穫でした。フォントクリップアート部品や専門の解説書もずいぶん買い揃えて、凝ったレイアウトを勉強したものです。おかげで、たいていのことはパソコンでできるようになりました。副産物として現在の見やすい教材作りにも生かされたと思います。その原点は懐かしい「JG」でした。♥♥♥

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