大好きなさだまさし さんは、フォークデュオ「グレープ」 のデビュー当初から、「精霊流し」(1974年) で「根暗」 、「無縁坂」(1975年) で「マザコン」 などと批判され、多くの人から「いわれなき炎上」を繰り返してきました。ソロ活動を始めてからもその傾向は変わらず、「雨やどり」(1977年) では「軟弱」 と罵られ、「親父の一番長い日」(1979年) は12分33秒という異例な演奏時間の長さから、「長すぎる」 と業界関係者をも悩ませました。さだ さんは、故・山本直純(やまもとなおずみ)先生 に「歌に時間制限があるのはおかしい」 と説得され、「初めから批判覚悟で作った」 と言います。また、映画「二百三高地」 の主題歌として作られた「防人の詩」(1980年) では、命の尊さを歌った反戦歌であったにもかかわらず、「戦争礼讃」「右翼」 だと痛烈に批判されました。広島 に原爆の落ちた日に長崎 から平和を願い歌う20年間続いた「夏 長崎から」 では「売名行為」「偽善者」 と誹謗中傷されたこともあります。
彼の代表曲でもあり、自身最大の炎上ソング「関白宣言」(1979年) は、今までに出したシングル盤の中で最もヒットを記録し160万枚を売り上げましたが、「女性蔑視」 だと厳しく糾弾されました。そのタイトルと一部の歌詞が槍玉に挙げられて大炎上し、今もなおその火種はくすぶり続けています。しかし実際には深い愛を歌ったもので、彼は母親からも「これで関白ならあんたの人生たいしたことない」 と鼻で笑われたと言います。それでも、さだ さんは最近のコンサートでは、「こういう時代にあって「関白宣言」は歌いづらくなっているのですが、今日は原曲のままお届けします 」 と、注釈を入れながら歌っておられます。難しい時代です。
さだ さんは曲名や歌詞の一部が批判の対象となることに対し、「誤解っていうか、ちゃんと(最後まで)聴いてくれないんだよね。僕の歌長いから…」 と嘆きます。「ちゃんと志を持って何かを伝えようとするのであれば、批判されることを恐れてはいけないと僕は思っています。僕らが発言していかなきゃいけない、本当は音楽にはそれだけの力があったんですが。だんだんにね、そういうことも難しくなってきつつある環境のなかで。でも僕はやり方を変えないでやっていこうと思う」 と説明し、「決して炎上させたくて歌を作っているわけじゃない」 と語りました。
関白宣言 作詩・作曲 さだまさし
お前を嫁にもらう前に 言っておきたい事がある かなりきびしい話もするが 俺の本音を聴いておけ 俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない めしは上手く作れ いつもきれいでいろ 出来る範囲で構わないから 忘れてくれるな仕事も出来ない男に 家庭を守れるはずなどないってこと お前にはお前にしか できないこともあるから それ以外は口出しせず 黙って俺についてこい
お前の親と俺の親と どちらも同じだ大切にしろ 姑小姑かしこくこなせ たやすいはずだ愛すればいい 人の陰口言うな聞くな それからつまらぬシットはするな 俺は浮気はしない たぶんしないと思う しないんじゃないかな ま、ちょっと覚悟はしておけ 幸福(しあわせ)は二人で 育てるもので どちらかが苦労して つくろうものではないはず お前は俺の処へ 家を捨てて来るのだから 帰る場所は無いと思え これから俺がお前の家
子供が育って 年をとったら 俺より先に死んではいけない 例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝ってはいけない 何もいらない俺の手を握り 涙のしずくふたつ以上こぼせ お前のお陰でいい人生だったと 俺が言うから必ず言うから 忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ひとり 忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ただ一人
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「関白宣言 」がリリースされた際には(当初のタイトルは「王手」 でしたが、分かりにくかったために、副題だった「関白宣言」 が正式タイトルとして採用されました)、歌詞をめぐって女性団体などから「女性差別」、「女性蔑視」、「男尊女卑」 と反発を受けるといった騒動がありました。1979年の当時は、そういった亭主関白の時代が終わり、徐々に女性が社会の前面に出てくる「ウーマンリブ運動」 の時代になっていました。そのため、この曲を聴いた女性団体からは猛烈に批判されたのでした。中には「こんなにわがままを言う男がいるから世の中がダメになる」 とまでコキおろされました。この人たちは曲を最後まで聴きもせずに表面だけを見ているだけです。しかし、二番以降の詩をしっかり読んで、楽曲をよくよく注意して最後まで聞いてみると、「不器用な男のラブソング」 であって、この男性には結婚する相手への底知れぬ愛情が感じられます。じっくりと詩を読むと、節々に深い愛が溢れていることに気づかされます。一番伝えたいのは、「愛する女は 生涯 お前ただ一人」 という言葉ですが、照れ隠しに半分シャレで「俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない」 なんて言っているわけです。当時のさだ さんは、「歌を歌って悪口を言われ、日本に居場所がない」 と傷つき、祖父母が出会った国、中国 に2年間逃げました(映画「長江」 の制作)。そのとき、中国 の通訳から「高い塔はその影の長さで高さを測る。偉大な人は批判者の数で偉大さを測ることができる」 との言葉を教わり、「一気に(バッシングが)気にならなくなった」 と言います。
国際間のコーディネーターとして長年活躍し、現在は国際NGO 認定NPO法人 AAR Japan(難民を助ける会)の副会長を務める加藤タキ さんは、さだ さんとの対談集において、「『関白宣言』でまさし君が叩かれたとき、メディアを通じて母が吠えてた」 と語りました。日本の女性国会議員の第一号、つまり「女性の闘士」加藤シヅエ さんが、当時「関白宣言」 は女性蔑視で許せないと女性団体が騒ぎを起こした時、声高にメディアを通じて訴えました。「みんな行間をどれだけ読んでるのか?」 って。音楽評論家の安倍寧(あべやすし) さんが新聞に「加藤シヅエがさだまさしを応援」 と書いて下さいました。シヅエ先生 が「関白宣言」 のことをすごく庇ってくださって、「行間を読みなさい!」 と。一貫して「何をみんな読んでいるのですか。何を聞いているんですか」 ちょうどシヅエ先生 は夫を亡くしてから間もない頃でした。19787年9月に、風邪で病床について1ヵ月半で亡くなられました。そんなこともあって本当はすごい気落ちしていた時に、彼女のそれこそ存在理由じゃないけど、「私のファイティング・スピリッツがまたムクムクと」 って。それに夫は最後に妻の手を握って「ありがとう」 とつぶやいて亡くなった。その情景に「関白宣言」 の最後の歌詞がダブったということもあったと思う、と。ここら辺の事情がさだまさし・加藤タキ 『さだまさしが聞きたかった、「人生の達人」タキ姐のすべて』(講談社、2023年) には詳しく書いてあり、興味深く読みました。
その当時、行間を読んで(英語ではread between the lines と言います)くれる人などいませんでした。さだ さんは「関白宣言」 は見事なエスプリだと思っていたのです〔笑〕。それを笑ってくれずに怒るっていうのでビックリしてしまいます。あの時には、笑ってくれたのは、遠藤周作先生 と森繁久彌 さんと山本健吉先生 くらいなものでした。「お前が言いたいのはここじゃないのはわかってる」 と言われました。あとは、行間をちゃんと理解してくださったのは加藤シヅエ先生 だけでした。こんなに公平で客観的な、自分で自分を笑うようなエスプリまで理解できる女性がいて、それで、まさに「行間を読みなさい」 みたいなことを言ってくださったことに、本当に感激しました。
結婚をする前に、一緒になる女性に対して男性側の希望を言うこの曲の歌詞は、ちょっとくすっと笑えて、それでいて泣ける映画のようなストーリーが大きな魅力です。この曲を作ったそもそものきっかけは、“スナックのママの一言”でした。実は当時、山本直純先生 に連れて行ってもらい、さだ さんが行きつけとなった京都 のスナック「鳩」 のママからの要望に応えて作った楽曲だったんです。最近の男がしっかりしていないことを嘆くママが、男がしっかりと引っ張っていくような曲を書いて欲しい、という話をしたことがきっかけだったそうですよ!「最近の男は駄目になった。だから若い娘も駄目になった。男はん、しっかりしとくれやっしゃ。お師匠はん、そういう歌を作っとくれやっしゃ」 と。で、この曲を聴いたママは、「まだ甘い」 というコメントを残されたそうですが、世の中では大炎上してしまいました。
現代において、「俺より先に、寝てはいけない! 俺より後に起きてもいけない!」 と公然と主張すれば、社会から非難の声が上がり、結果としてSNS上で炎上し、深刻な事態に発展する可能性は高いでしょう。男女平等を尊重せず、女性を軽視するとして、正義の名の下に憤りを表明する人々から非難を浴び、それは容易に済まされることではないでしょう。ただし、「関白宣言」 という言葉に込められたメッセージは、今の時代においても、そして過去も未来も、その価値を失ってはいないと思います。この曲をじっくりと聴き込めば、そこには愛するパートナーへの深い思いが伝わってきます。“あれをしろ”や“これをしちゃいけない”と言いながらも、お前がいてくれて幸せだったと言える自信がある、と宣言しているんですよね。そして、貴方のほかに何もいらないから、自分のためにちょっとでいい、涙を流して欲しいと歌うのです。
歌詞が物議を醸しメディアにも大きく取り上げられた「関白宣言」 の歌詞を、現代文講師の林修(はやしおさむ)先生 (東進ハイスクール)が、かつてテレビ番組「初耳学」 において、好意的に解説してくれたことがありました。国語のプロが読めばちゃんと真意が伝わることが分かって嬉しかったものです。
【後日談】 この歌にはその後、「関白失脚」 というアンサーソングがあります。結局は、妻に尻に敷かれてしまったという話です。妻にも子どもにも相手にされず、話し相手は犬ばかり…と〔笑〕。「関白宣言」 の時とは大違いで、淋しげな背中を見せながら歌っています。両曲をセットで聴いてみると、さだ さんの真意がはっきりと見えてきます。♥♥♥
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