渡部昇一先生のエピソード(44)~床暖房

 日本の季節・春夏秋冬の移り変わりは、文化風土的にも審美的にも非常にありがたいものです。しかし、その環境にいかに適応するかという点では、人間に一定の苦労をかけるものであることも、考慮に入れておかねばなりません。特に老人は、環境に対する適応能力が著しく落ちるものです。だからこそ、冬は暖かいところにいて、夏は涼しいところにいる方がいいのです。昔の人々が、わりと早くに亡くなっていったのは、冷暖房が発達していなかったので、気温変動にうまく身体を適応できなかった面も大きいのだと感じます。

 尊敬する故・渡部昇一先生が若かった頃は、夏の高温多湿に大いに困惑させられるのが常でした。夏の三ヵ月間はまったく頭が働きません。これがいかに不利なことかを知ったのは、先生がドイツイギリスに留学して、かの地の湿気や気温が日本よりも低く、夏もかなり快適に勉強できることを体験されたからです。「これでは日本人は、ヨーロッパ人に勉強でかなうはずがない。彼らの一年は、日本人の一年よりも夏の三ヵ月分だけ長いのだから」と嘆かざるを得ませんでした。そこで先生は、かなり早い時期にクーラー(現在ならエアコンと言ったほうがいいかもしれませんが、最初は冷房機能だけでした)を自宅に導入し、『知的生活の方法』(講談社現代新書)でもその効用を大いに説いておられました。

 ある年、思い切ってクーラーを付けたのである。それはまったく魔法の如きものであった。夏休み中、まるまる東京にいて勉強できたのである。健康状況は良くなったとしても悪くはならなかった。疲労しないから体力が落ちないのだろうと推測している。

▲私の一生に大きな影響を与えた一冊です

 これはまさに、心の底からの実感であり、先見性に優れた指摘でした。しかし、これをクーラーがないと知的生活は送れない、と曲解する人々がピント外れの批判を繰り返しました。

 しかし、老人は環境適応力が大幅に落ちるるのだから、若い頃と同じ感覚ではいけません。老人の場合には、冷暖房は必須です。加えて言うならば、どのように使うかも十分に気をつけなければなりません。夏の夜、寝る前に寝室を冷房しておくのは構いません。しかし、寝ている間も冷やし続けると寒くなり過ぎます。朝まで冷房をかけて、冷気に当たり続けるのは身体によくありません。寝る前に冷房を切る方法もありますが、それだと、寝ている間に部屋の温度はどんどん高くなってしまいます。朝まで適度な涼しさを維持するには工夫が必要になってくるのです。最近は冷房機能もどんどん進化しているので(タイマーなど)、それを使うのもいいでしょうが、先生は、寝室を直接冷房をせずに別の部屋で冷房をかけて、寝室の戸を開けて寝ることにしておられました。廊下を冷房して寝室の戸を開けておくのが一番いいのですが、廊下には冷房をつけていない家が多いでしょう。たとえば隣の部屋を冷房して、その部屋と寝室の扉を開けておけば、ある程度機密性の高い家ならば同じような効果が出るでしょう。二階建ての家で寝室を一階にしている場合ならば、二階を冷房しておけば冷気が下に降りてきます。暑くも寒くもなく、朝まで快適な室温で寝られるのは、体力も奪われずに済み、誠に幸せと言わねばなりません。

 問題は冬です。夏の暑苦しさは、エアコンによって一発で解消できましたが、暖房では苦労をし続けてこられました。先生は寒い東北で育ったので、冬の厳しい寒さはよく知っておられます。学生として東京に出てきてからは少しはマシになるかと思いましたが、上智大学の寮はいわゆるカマボコ寮でしたから、とても寒かったのです。冬は部屋の中にいても外と同じくらいに寒い。寮の中では、どてらを着て過ごすしかありませんでした。それでも寒いので、父が闇屋から買ってくれた飛行機乗りが履く革靴を履いていました。上空を飛ぶ飛行機はとても冷えるので、飛行機乗りは毛皮のついた革靴を履いていました。その靴を履いて、どてらを着て、寮の部屋の中で勉強をしておられたのです。

 その後、先生はドイツに留学されますが、ドイツの学生寮はすべてセントラルヒーティングでした。まだ戦後十年ほどしか経っていないのに、学生のために設備が整った寮を建てていたのです。同じ敗戦国でこれほどの違いがあることに驚きました。セントラルヒーティングなら、部屋の中で厚着をしなくても勉強することができます。日本にいる時には、寒い日はこたつに入って勉強をしていましたが、こたつに入っていると能率が上がらないし、後になると疲れてきます。そこでストーブを使おうと思い、最初に練炭ストーブを買ってみましたが、これは使っていると頭が痛くなる代物でした。昔の日本家屋は気密性が低かったので死ななくて済みましたが、下手をすれば一酸化炭素中毒で死に至ることもあるので恐ろしいものです。そんな暖房などとても使えないし、知的生活にも酸素欠乏は害でしかありませんから、早々に見切りをつけました。

 しばらくしてオイルストーブが日本に入ってきました。イギリス製のストーブを使ったところ、性能がよく、頭が痛くなることはなくなりました。ドイツのオイルストーブも購入してみましたが、イギリスのストーブが一番良かったようです。ストーブを各部屋で使うと家の中の酸素が足りなくなります。煙突を薦められたため、煙突を使うオイルストーブを導入しました。ちょうど子どもを育てる時期と重なっていたので、ストーブの周りに金網を張って、そこでおしめを乾かしていました。しかし、書斎のような部屋には煙突は取りつけることはできません。仕方なく、初めは電気ストーブや、電気スリッパを履いてしのいでいました。エアコンを導入してからは、それで暖房もできるようになりましが、三階まで吹き抜けになっている書庫はうまく温度調節ができません。夏は三階で冷房を入れると涼しくなり、冷房を止めてもいつまでも涼しさが保たれるのですが、秋冬になって寒くなると暖めようがありません。吹き抜けだから、エアコンをどれほどかけても暖気は上にいってしまうのです。部屋全体が温まるほどにかけると、どうしても頭がボーっとしてしまうが、それでも足先は冷たいままです。仕方なく、なお電気スリッパを履いたりしてみたがダメで、小さい書斎に移って、足は小さい電気ストーブで温めたりもしました。

 そこで、新しく建てた家の書斎では「床暖房」を入れたのですが、これが大正解でした。生活環境面において、「床暖房」は幸せの最たるものであると、心の底から、そう実感されました。人間は足元が温かくなると、部屋が暖かくなくても寒く感じないものなのです。「床暖房」がこれほどありがたいものだとは思ってもみませんでした。まさに昔から言われてきた「頭寒足熱」に健康効果があるのです。書斎も寝室も「床暖房」にしました。寝室は寝る前まで「床暖房」を入れておいて、「床暖房」を切ってから寝る。朝起きるころまでは適度に温かさが保たれています。「床暖房」のポイントは、温かくなったらすぐに切ることだと分かりました。切らないと熱くなりすぎてしまうのです。寝室の場合、「床暖房」で下から温めると、何となく布団も温まっています。明け方などでも、実にいい温度です。あまりにいい気分で寝ることができるので、もし、このように寝ることの延長で死ねるのならば、死も悪くないなと思ってしまうほどでした〔笑〕。本当に「床暖房」はこたえられないもので、「床暖房」に慣れてしまうと、ホテルや旅館などにはもう泊まれなくなります。夏は冷房を切って我慢して寝ればいいのでが、冬はエアコンの風で暖める部屋では気持ちよく眠れません。ホテルや旅館も、どんどん「床暖房」を導入すべきでしょう。

 暖房の決め手は「床暖房」にある、というのが故・渡部先生の実感でした。「床暖房」を使うと足がホカホカして寒さを感じないので、エネルギー効率の面でもよいのではないか。寝室だけでも「床暖房」にするのがお奨めです。「床暖房」は、つくづく老人の幸せの最たるものであるというのが、先生の偽らざる実感だったのです。♥♥♥

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