正月のお取り寄せ

◎週末はグルメ情報!!今週はお正月のお取り寄せ

 お正月に必ず私がお取り寄せする食べ物があります。今日はその3つをご紹介します。

 毎年この時期になると、松江北高で書道の別所由枝先生にお願いして、佐賀県・武雄市(株)「宮地ハム」「手造りロースハム」を届けていただいていました。もう年末の恒例行事となっていました。今はオンライン販売で取り寄せています。このハム無しでは、八幡家はお正月を迎えることはできません。普段は「大山ハム」のロースハムを食べているんですが、私が食べた中で、どこのハムよりも美味しくて、気に入っています。原料に厳選した佐賀県産豚肉の下ロ-スだけを使用し、添加物を最小限に抑え、宮地ハム伝統製法で12日間ほどじっくり漬け込み熟成させ、香り豊かな風味としっとりとした舌ざわり、脂身のとろける美味しさは絶品です。本場のドイツ製チップで燻煙し、仕上げる本格派のハムです。旨味のある脂、しっとりした肉質は芳醇な香りと濃厚な旨みをかもし出し、「宮地ハム」流のこだわりがつまった逸品です。新鮮な豚肉の旨みを上品に残した、なめらかで、きめ細やかな食感と味わい。味覚の満足、スモークの香りによる嗅覚の満足、フレッシュなロースの色の視覚の満足という絶妙のハーモニーを楽しむことのできるハムなんです。うすーく切っても、分厚く切っていただいても、どちらも堪らない美味しさです。私の大のお気に入りのハムです。ただこのハムはあまりの美味しさに、封を切ったらすぐになくなってしまうのが唯一の欠点です〔笑〕。美味しくいただくためには、切れ味鋭い包丁でご~く薄く(1㎜~3㎜)切っていただくのが八幡流です。

 白いご飯に「明太子」をかけて食べると、なぜかご飯が進むんですね。私はもう長年、「明太子」のお店は、数ある中で博多「ふくや」と決めています。昭和23年10月5日、福岡県・博多の中洲の一角に小さな食料品店が生まれました。店主は川原俊夫(かわはらとしお)。妻・千鶴子(ちずこ)と共に始めたこのちっぽけなお店が、今の「ふくや」の歴史の第一歩でした。1949年(昭和24年)1月10日、前年の「ふくや」の創業以来、研究を重ねてきた「明太子」を初めて店頭に並べ、福岡名産「からし明太子」が誕生したのです。「明太子」助宗鱈(介党鱈)の卵(鱈子)の塩辛で、元々は朝鮮半島に伝わる家庭の惣菜「明卵漬」(ミョンランジョ、たらこのキムチ漬け)を改良に改良を重ね日本風にアレンジしたもので、「味の明太子」と命名しました。これが日本初の「明太子」です。そういうわけで、この1月10日が「明太子の日」とされているのです。これを日本人の口に合うように味付けして、今までに誰も食べたことのない新しい味「からし明太子」が作り上げられ、その後、10年あまりの年月を経て、納得の味を完成させました。ここで、川原さんはこれを商標登録もせずに、製造法特許も取得せずに、これから「明太子」を作ろうという地元の同業者へ、惜しげもなく製造方法を公開し、教え広めたために、様々な風味の「明太子」が生み出され、博多の名物として定着するきっかけとなったのです。現在、福岡でさまざまな形で展開して、全国のみなさんに親しまれているあの「明太子」の味は、この川原さんの情熱と熱い想いが原点となったものです。もう長年のお付き合いで、いつも福岡の本店から送ってもらっています。今日も明太子で朝ご飯です。

▲私がいつも買う博多の「ふくや」

 「明太子」の語源は、韓国語で明太(ミョンテ)がスケトウダラ。それで当時の日本人がタラコは明太の卵だからと、『子』をつけて、「明太子」という造語を作ったようです。味付きのタラコということで、『味の明太子』と呼びました。昭和24年1月10日から『味の明太子』を販売しましたが、当初はなかなか売れませんでした。調味液に隠し味を加えたり、唐辛子のブレンドを変えたりと、味の試行錯誤を何度も繰り返し、ようやく売れるようになったのは、発売から10年後でした。そして今の大人気に至ります。

 私が「田丸屋」わさび漬けを初めて買ったのは、20代の頃で、羽田空港のお土産屋さんでした。以来、東京から帰る新幹線の車内販売でも何度も購入したものです。今は直接会社から送ってもらっています。ひとくち食べるとコリコリとした食感とともに、わさびのツーンとした味が口中に広がります。さっぱりとしたわさびの辛さがなんとも言えない癖になるお味です。最近はワンランク高級な「金印」のものを買っています(写真上)。美味しくてご飯が進みます。

 わさび漬は宝暦時代(1751~1763年)に開発されたと言われています。安倍川上流のワサビの産地では、ワサビの茎(葉柄)をぬか味噌漬にした自家製の漬物を食卓にのせていました。この地に味噌や醤油の行商のために出入りしていた行商人が、この漬物の種々工夫して、塩漬けした細断ワサビに酒粕を混ぜることを考案しました。さらに商品化して、『わさび漬』と命名して販売したのが始まりと言われています。

 田丸屋本店の名が、全国へと広まったのは、明治二十二年。東海道本線が開通した直後のことです。明治八年から、静岡市新通りに漬物屋を開業していた、田丸屋初代望月虎吉は、文明開化の先端を行く陸蒸気に着目し、幾多の苦労を重ねた末に、静岡駅構内でのわさび漬販売権を獲得したのです。そして、それまでの大八車によるわさび漬の計り売りをやめ、サワラで造った丸い円形の化粧樽にわさび漬を詰め、列車の窓から旅人に売り込むという、新しい販売スタイルを試みました。

 このユニークな「樽詰めわさび漬」は旅人たちに大好評を博し、「静岡名産田丸屋のわさび漬」の名は、たちまち全国に広まったのです。以来百年余り。田丸屋のわさび漬けは、静岡大火や戦災などいくつもの危機を乗り越え、その味わい、品質ともに、全国に誇れるトップブランドへと成長を遂げました。一億総グルメと言われる豊かな現代においても、本物のおいしさを伝える、日本ならではの香辛料“わさび”の人気、そしてわさび漬の人気は、今後ますます広がっていくでしょう。  (田丸屋HPより引用)

 今日はお正月に欠かせない八幡家のお取り寄せ食材をご紹介しました。♥♥♥

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