橋上秀樹監督代行のすごさ

 橋上秀樹(はしがみひでき)監督代行(60歳)が率いる巨人が絶好調です。阿部慎之助(あべしんのすけ)前監督(47歳)が、長女への暴行容疑で現行犯逮捕されて電撃辞任しました。激震が走る中でオフェンスチーフコーチから昇格すると、チームは以前とは見違えるような戦いぶりで、いつの間にかセリーグの首位争いを演じています。交流戦は10勝6敗2分けで、セ球団では唯一の勝ち越しでした。

 橋上監督代行は東京・安田学園高から1983年ドラフト3位でヤクルトに入団。日本ハムを経て阪神で2000年に引退するまで17年間プレーしました。指導者としては楽天、巨人、西武、ヤクルト、オイシックスなどでコーチ、監督などを歴任(原監督とはうまくいかなかったようですが)。高校の後輩にあたる阿部前監督に請われ、昨季から巨人のコーチに復帰していました。現役時代に巨人でプレー経験のない指導者がチームを率いるのは、今季で創設92年を迎えた伝統球団にとっては初めてのことです。

 「現役監督の逮捕→辞任」という前代未聞の衝撃的な事件が起きた直後、全国の野球ファンは今季の巨人の行く末について危機的な観測を持ちました。ところが橋上監督代行が指揮を執り始めてからは、投打のバランスがかみ合い、台頭した若手が競争の中で次々に活躍。ファンは「橋上マジック」としてその手腕を絶賛し始めました。しかし、橋上氏が監督代行に就いた直後に、阪神の球団関係者はまるでその後の快進撃を予言するかのような言葉を残していました。「逆にこれが巨人には幸いするかもよ…」-。まるで中国の故事にある「人間万事塞翁が馬」のような話です。ではなぜ橋上巨人の〝逆襲〟を予感したのでしょうか。橋上監督代行がヤクルトの選手時代や、楽天でヘッドコーチを務めていた頃、名将の故・野村克也さんに薫陶を受けていたことと無関係ではありません。1999年、阪神監督に就任した野村さんは自身の野球観をチームに浸透させるため、159ページに及ぶ教書「ノムラの考え」を選手やコーチ陣に配布。南海、ヤクルト、楽天監督時代も同様に選手教育に心血を注ぎましたが、橋上監督代行はそれを今の時代にカスタマイズしながら実践しているのでしょう。

 一進一退の首位争いを粘り強く戦えている背景には、ほぼ24時間の野球漬け生活があります。「タブレットで自分のチームのいろいろな映像を見ています。やはり気になるところは目を通しておきたいタイプなので。気になったものは、ガーッと集中して見ますね」と、時間さえあれば、映像とデータの整理に没頭していると言います。6月24日の広島戦が雨天中止になり、25日の休養日には、急きょ川崎市ジャイアンツ球場に視察に訪れた橋上監督代行の姿がありました。「特に選手の報告は、もちろん詳細な報告が入ってくるんですけども、やっぱりそこに選手の表情とかは入ってこないもんですから。それは僕自身が会って、その表情を見ながら、というのはあります。あとは自分が選手だったら、直接そういう話ができる時間があると安心するかなっていうのもあるんで、そういったものも含めて直接来てます」実戦復帰した山崎投手や再調整中の吉川選手らと対面して言葉を交わしています。かつて、野村監督からは「報告に頼らないで、お前の目で、自分で確認してこい」ということをよく言われたといいます。

 「接客の経験が生きている」と言います。1984年に東京・安田学園高からドラフト3位でヤクルトに入団し、捕手から外野手へ転向し、96年オフに日本ハムへ移籍。阪神に所属した2000年限りでユニホームを脱ぎました。現役生活を終え、新たな仕事に選んだのがゴルフ用品店の経営でした。戦力外通告を受けた後、半年の研修を経て、甲子園球場近くの店で売り場に立ちます。「お客様は神様」の意識が、まだ根強かった時代。「理不尽なクレームもいっぱい言われた」が、一筋縄ではいかない相手とも辛抱強く顔を突き合わせました。「どういう言葉をかけたら、(怒りが)収まるか、興味を持ってくれるか。相手の立場に立ってものを考えることを学んだ」と振り返ります。

 橋上監督代行は、試合後のインタビューなどで必ず「〇〇選手」と言います。決して呼び捨てにはしません。そのことについて聞かれると「今の時代を考えるとそういうところも大事かなと思って。昔は逆に野村さんは選手は絶対に呼び捨てにして距離感を必ず保てと言っていましたが、そこは反面教師というか、そういう形が良いかなという思いで」と明かしました。

 2000年オフに阪神で現役引退後、2005年に楽天のコーチになるまで甲子園球場近くのゴルフショップを4年間経営し、店頭にも立ちました。理不尽なクレームにも対応しています。「今のコーチングに非常に生きていると思います。お客さんとの接し方とか周りとのコミュニケーションはかなり勉強になることが多かった。相手の立場に立ってものを考えるのは接客業から学んだと思います」と回想しました。豊富な経験を積み、思わぬ形で巨人を率いることになった橋上代行がコミュニーケーション力で新しい風を吹かせています。

 2005年に楽天のコーチとして野球界に復帰し、故・野村克也監督の下でヘッドコーチも任されました。巨人で2012~2014年に戦略コーチなどを務め、リーグ3連覇に貢献しています。その後も複数球団で指導し、独立リーグの監督も経験しました。指導者のキャリアで、接客で培われたコミュニケーション力は大いに役立ちました。巨人でのプレー経験はありません。コーチ陣の多くは、選手、指導者として球団の伝統に触れてきて経験も豊富です。本拠地・東京ドームでは監督室を使わず、コーチらの声が届きやすい場に身を置いているそうです。選手に声をかける機会も増えました。寄せられた意見や提案は自らの考えや経験と照らし合わせ、起用法や戦術に落とし込んでいます。3試合連続で失点した大勢投手とが不調と見るやすぐに話し合いの結果、勝利の方程式の再編に乗り出し、8回を田中瑛斗投手に配置転換しています(そして再び元に戻しました)。チームが点が取れないと見るや、眠れるG打線に大ナタを振るいました。すぐに若手二軍選手との大幅な血の入れ替えの荒療治(甲斐、浅野、中山、小濱を抹消)に着手しました(その育成出身の笹原選手が決勝ホームラン!知念選手が執念のプロ初ヒットで阪神に大逆転のお膳立て!)。橋上流のチームマネジメントは始まったばかりです。かつて著書の橋上秀樹『だから、野球は難しい』(扶桑社新書、2024年)でチーム作りの理想についてしっかりと述べておられました。

 南海、ヤクルト、阪神、楽天で通算24シーズン監督を務めた野村さんは、5度のリーグ優勝を果たし、日本一に3度輝きました。その野球の真髄は「弱者の戦術」と言えるでしょう。

①全体として戦う発想ではなく、部分を重点的に攻めて勝つ。相手の弱点を集中して攻める。

②相手の「得意な形」だけには絶対にしない。

③実力以外の何かを活用せよ(機動力・奇襲・データ・ムード・勢い)。

こうした10項目の戦術を駆使してチームを強化しました。

 そして、野球というゲームに対する基本的な考えは、「守りだけでは勝てないが、守りが完全ならとにかく負けない」でした。最近の巨人はとにかく打てません。貧打にあえぐこの得点力不足をどう打開するかが、腕の見せ所です。ピッチャー陣はよく頑張っているのですが、完封しないと勝てないような重苦しい印象です。これだけ打てていないのにそれでも首位争いを演じているのは、ひとえにピッチャーの奮闘による「守り」であることは下の表からも明らかです。交流戦における橋上巨人のチーム失策数はセ・リーグ最少の2でした。また、チーム盗塁数14は両リーグ最多です。防御をゲームの中心に据え、機動力を駆使する。まさしく野村さんが追い求めた形が数字に表れていますね。野村克也監督から叩き込まれたID野球の膨大な情報をどう采配に落とし込むか?橋上巨人「守り勝つ野球」の逆襲はそこにかかっています。

 7月11日(土)のDeNA戦での連敗阻止がその典型的な戦いでした。1点を追う7回に代打・代走・セーフティスクイズの作戦で逆転しました。同点とした一死一、三塁で三塁走者の大城に代走・増田大を送りました。捕手を代えてでも勝ち越しの1点が欲しかったのです。門脇が絶妙なコースにスクイズを転がし、これが決勝点となりました。野村監督譲りの、「ノーヒットでも点の取れる野球」を理想の攻撃の一つに掲げ、キャンプからチーム全体で意識を高めてきました。「そんな活発に、なかなか急に打てないですから、できることはしっかりやって、つながるようにしていけば点は取れると思うので」橋上代行

 今の巨人の戦い方は、あの落合博満監督が優勝した2010年の中日によく似ています。得点力は決して派手さはなかったけれども、勝てる試合を「守り」で堅実に拾っていきました。「ここで負けても他に勝てばいい」(捨て試合)と割り切って優勝につなげました。そのスタイルは重なるところがあります。リーグ5位の得点は242点。失点は2位の257点。大敗する日があっても、勝つべき試合は落とさない。阪神には苦しめられながらも、勝てる星を「守り」で確実に拾う。この作戦です。♥♥♥

◎巨人が首位争いを演じている理由はココだ!

◆打率
1位:阪神  .247
1位:DeNA  .247
3位:ヤクルト.231
4位:中日  .230
4位:巨人  .230
6位:広島  .221

◆得点
1位:阪神  302
2位:DeNA  304
3位:中日  270
4位:ヤクルト 252
5位:巨人  242
6位:広島  225

◆本塁打
1位:阪神  63
2位:巨人  60
2位:中日  60
4位:DeNA  55
5位:ヤクルト 48
6位:広島  46

◆盗塁
1位:ヤクルト55
2位:巨人  55
3位:広島  50
4位:阪神  44
5位:DeNA  31
6位:中日  29

◆失策
1位:広島   34 
1位:中日  34 
3位:巨人  37 
4位:DeNA  38 
5位:阪神  44 
6位:ヤクルト46

◆得点圏打率
1位:DeNA  .281
2位:阪神  .271
3位:中日  .243
4位:ヤクルト .234
5位:巨人  .231
6位:広島  .228

◆先発投手 防御率
1位:阪神 2.75
2位:巨人 3.07
3位:広島 3.11
4位:ヤクルト 3.15
5位:中日 3.21
6位:DeNA 3.88

◆救援投手 防御率
1位:巨人 2.85
2位:DeNA 3.23
3位:中日 3.33
4位:ヤクルト 3.41
4位:広島 3.41
6位:阪神 3.46

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