鯉とりまあしゃん

 ソフトバンク社長の孫正義(そんまさよし)さんに関する本を読むと、筑後川の大河童「鯉とりまぁしゃん」の話がよく出てきます。福岡県久留米市田主丸町に、かつて「鯉とりまぁしゃん」と呼ばれた伝説的なコイ素潜り漁の達人がいました。本名は上村政雄(1913~99)さん。冬の筑後川に潜り、両脇と口で一度に3匹捕ったといいます。まぁしゃんの漁法は独特でした。コイの漁期は真冬。そのため、鯉をとる数日前から大量の肉を食べて体力をつけ、当日は河原でたき火をして体を炙って温めます。そして裸のまま潜水して、水中に横たわってじっと待ちます。冷たい川底に身を潜めるコイが、静かに近寄ってくるのを抱き寄せる。すると、人の体温が心地よいのか、コイは無抵抗だったといいます。少年期から74歳まで漁を続けました。「鯉とりまぁしゃん」とは、福岡県久留米市田主丸町に実在した“伝説的な鯉の素潜り漁師”この上村政雄(うえむらまさお)さんの愛称であり、同名を継ぐ老舗川魚料理店「鯉とりまあしゃん 鯉の巣本店」(1955年~)のルーツとなった人物です。その人物像に魅了された芥川賞作家・火野葦平は、彼をモデルに小説『百年の鯉』を執筆しました。開高健の作品にも登場します。

 筑後川の伝説「鯉とりまあしゃん」の店 福岡市に進出|【西日本新聞me】

 あのソフトバンク孫正義さんも「交渉の極意は鯉とりまぁしゃんに学べ」と語った逸話が残っています。 「じっくりと準備し、相手が自然と合意したくなる状況をつくる」という姿勢を学んだとされています。ずっと前から入念に準備し、相手が自然ととこちらへ寄ってくるよう仕向けて、あとは難なく欲しいものを手に入れる、これはまさにさんの手法と同じです。焚火で体を温め→川底で静かに待ち→鯉が体温に引き寄せられてくるのを抱き寄せる、というまあしゃんの漁法そのものを、交渉の比喩として使ったものです。交渉前に徹底的に準備をし、相手が自然とこちらに寄って来る状態を作り、力で押すのではなく、相手が自ら合意したくなる状況を整えるのです。

 ソフトバンクの元社長室長だった三木雄信さんの著書『孫社長のYESを10秒で連発した瞬速プレゼン』(すばる舎、2017年)には、孫さんが「交渉術」の一つとして「鯉とりまあしゃん」を挙げていたことが紹介されています。考え方を簡単にすると、

<普通の交渉>
→ 相手を説得する
→ 相手を押す
→ 自分の条件を飲ませる

ではなく、

<鯉とりまあしゃん式>
→ 相手が欲しくなるものを用意する
→ 相手が近づいてきたくなる環境をつくる
→ 最後は相手のほうから寄ってきてもらう

ということです。

 さんの交渉術の本質は、「相手を動かす」のではなく、「相手が動きたくなる状況をつくる」というところにあります。たとえば大きな企業との提携や買収などでも、「私たちと組んでください」と真正面からお願いするだけではなく、「相手にとって、孫さん・ソフトバンクと組むことが魅力的に見える状態を先につくる」という発想です。これは「鯉を追いかけ回す」のと、「鯉が自然に寄ってくる場所で待つ」の違い、と考えると非常に分かりやすいです。さん自身も九州・佐賀県鳥栖市にルーツを持つこともあり、「鯉とりまあしゃん」は身近な九州の人物でした。そして、この話にはさんの経営哲学に通じるものがあります。力ずくで勝つのではなく、相手が自然に動く仕組みをつくる。これは経営だけでなく、営業、人材、採用、交渉、恋愛、人間関係、商売にも応用できます。たとえば営業なら、「この商品を買ってください」ではなく、「この商品が欲しくなる理由を相手の側に作る」ということですね。

 「鯉とりまあしゃん」を一言でいうと、こう表現すると分かりやすいと思います。「相手を追うな。相手がこちらに来たくなる場所をつくれ。」「交渉はテクニックではなく、相手に慕われるプロセスだ。」これが、孫正義さんが「鯉とりまあしゃん」から学んだ交渉術の核心・理想形です。私たちにもとても勉強になるお話です。❤❤❤

・準備の徹底→・相手が自然と寄ってくる環境づくり→・説得ではなく、慕われるプロセス

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