先日、NHKアーカイブで2001年の「夏・長崎から さだまさしコンサート」を放映していましたね。8月6日の広島原爆投下の日に、同じ被爆地である長崎の空から歌うことによって、声高に「平和」を叫ぶことなく、集まった人々の心の中にある平和への想いを再確認する場にして欲しい、と歌手のさだまさしさんが、1987年に始めたのがこの「夏・長崎から」です。彼はステージから呼びかけます。「このコンサートが終わるまでの間に、ほんの僅かな時間でよいから、あなたの一番大切な人の笑顔を思い浮かべて欲しい。そうしてその笑顔を護るために自分に何ができるだろうか、ということを考えて欲しい。実はそれが平和へのあなた自身の第一歩なのです。」
それを入場料無料で始めたのです。それは、広島原爆忌の晩に長崎で歌うという「平和を願う場所」は誰でも来られる場所であるべきだ、という彼の思いです。仮に1000円でも入場料をとってしまえば、子どもや老人は留守番になる可能性があります。夕涼みがてらにみんなでやって来て音楽を聴く、これが「平和」の姿の一つであるという思いです。そういえば、やはりさださんが8年を要してグラバー邸下に建てた「ナガサキピースミュージアム」(名誉館長 原田泰治)で、空に高くそびえ立つ五線譜のモニュメントも、平和が無くなるとまず音楽から壊される、という思いからです。意識して「平和コンサート」という表現を避けて「夏・長崎から」という名前にこだわった理由でもあります。心ない人たちは「ただとは何か別の意図があるのではないか?」「選挙に出る事前運動か?」と批判しました。当時、舞台制作費、交通費、宿泊費、スタッフ費用に1回3,000万円ほどかかりました。映画「長江」の借金返済で苦しんでいた当時(28歳で金利を入れて35億円!)、この金額は決してたやすいものではありませんでした。血の出る思いで、それでも始めたのは、どうしても伝えずにはいられないさださんなりの平和への熱い思いがあったからだと思います。徐々に理解あるスポンサーも現れ始め(パナソニックなど)大規模になっていきます。それでも毎年費用1億円の半分近くはさださんの持ち出しでした。以降2006年まで、何と20年間も続きます。さださんは自問します。
- 最も借金していた頃に始めた思いはあれから20年を経て変化していないか?風化していないか?
- 心の熱は下がっていないか?これが本当に必要なのか?
- お客さんはどうなのか?これが本当に必要なのか?
- 20年間訴えてきた平和への思いは伝わっているのか?あるいは無駄だったのか?
- 子どもでも成人すれば(20年)親の手を離れてもいいのではないか?
- 自分が永遠に続けられるものでもないだろう?



