father/ mother呼称廃止?

 アメリカのニューヨーク州で、家族法や児童養育関連など法律の文言から、「母(mother)」「父(father)」という呼称を排除し、それぞれ、「妊娠・出産する親(gestating parent)」「妊娠・出産しない親(non-gestating parent)」といったおかしな(?)名称に差し替える法案が州議会を通過したのだそうです。この法案に賛同しているキャシー・ホークル州知事(民主党)の署名があれば成立し、11月にも用語変更が実施される予定です。これは市民が日常生活の日常会話としてこれらの言葉を使ってはいけないという禁止令ではなく、あくまで「州の公式な法律・行政文書の文言を改める」という動きです。リベラルな政治風土の強いニューヨーク州では同性婚や代理出産がすでに合法化されています。例えば、「2人の父親」や「2人の母親」がいる家庭、あるいは遺伝的なつながりのない親が子どもを育てる場合、古い法律の「Father」「Mother」という二元的な表現では、現実を十分反映できず、親権や養育費の法的手続き(書面作成など)で不都合や混乱が生じていました。生物的なつながりや、婚姻状況に関わらず、実際に子どもを育てている親の権利と責任を明確にするために、より包括的な「Parent(親)」をベースにしたジェンダー・ニュートラルな表現に統一しようとする動きです。ニューヨーク州ではすでに、公的な書類(出生証明書など)で、男女以外の第3の性別「X」を選択できるようにしたり、法令でジェンダー中立な代名詞を使用したりする改革を進めており、今回の家族法の改正もその一環です。このことが報じられると、米国のみならず世界中で激しい議論が巻き起こりました。親が同性同士なら父とも母とも表記しがたいのか?変更後の用語はかえって分かりにくいといった印象もあります。

 法案は、民主党議員が提出しました。多様な家族形態(同性婚カップルやトランスジェンダーの親など)が増え、「伝統的な家族観に基づいた従来の法令用語「父」「母」は現実を十分に反映できていない」からだといいます。「父」「母」という言葉の排斥は人間が家族を持つようになって以来の常識、伝統的な家族観を傷つけるものです。生殖機能を基準に親を言い表す表現に不快感や疑問を抱く人もいるはずです。異様な愚策と言うほかはないと思うのですが。法案に反対してきた共和党のブレークマン州知事候補「ニューヨークの家庭への宣戦布告に等しい」「民主党は『ママ』『パパ』という家族の言葉を消している」と批判しています。一部の民主党議員の間にも、用語変更は不要との声があることも事実です。

 この法案は、州法の法律文言を書き換えるもので、(1)日常会話で「父」「母」と呼ぶこと、(2)出生証明書や家族内でfather, motherを使うこと、(3)学校や家庭でその呼称を使うこと、が禁止されるわけではありません。法案は、家族形態の多様化(同性カップル、代理出産、養子縁組など)に対応できるよう、法律上の表現をより包括的にすることを目的としています。

◆賛成派の主張

・同性カップル
・代理出産
・養子縁組
・性別に依存しない親子関係
などを法律上分かりやすく扱えるようにするための改正だと説明しています。また
parentageという概念に統一することで、家族全体の整合性が高まるとしています。
「現代の多様な家族の実態に法律を合わせるべきだ。誰も排除されない社会を作る
ための重要な一環である」

◆反対派の主張

・「母」や「父」という言葉を法律から外す必要はない。
・「gestating(妊娠した親)」などの表現は不自然である。非人間的だ。冷淡な
行政用語だ。
・母親、父親という伝統的な社会的役割や文化的価値を軽視している。
と強く批判しています。このために、この法案は政治・文化的な論争の対象となって
います。

 法案は、実父確認手続きを意味する法令用語から、「父」という言葉を削除し「親」と表記することも定めています。しかし、不妊に苦しむ女性も存在します。「妊娠する親」という表現は、望んでも子どもを授かることができない女性たちの心を傷付ける恐れもあります。女性のホークル知事は為政者として、こうした人々に配慮するつもりはあるのでしょうか?ニューヨーク州議会では、生活費の高騰や公共の安全などを巡る重要法案の審議が遅れています。そうした中、「父」「母」という言葉を法令用語から抹殺する法案が優先審議されたことへの強い批判も出ています。このような極端に偏った法令を作ることは、米国内での価値観を巡る分断が一層深まっているのも頷けます。

 米国の政策を真似しがちなわが国も、決して人ごとではありません。父性や母性など男女の社会的役割を否定するジェンダーフリー(性差否定)の考え方は米国などから広まり、日本の学校現場などでも問題になってきました。現に日本にもおかしな動きが見られます。立憲民主党は昨年6月、同性婚を認める婚姻平等法案を国会提出しており、この法案も「父」「母」「夫婦」という言葉を排斥し、「親」「婚姻の当事者」へ置き換えていました。幸いなことに、同法案は1月の衆議院解散で廃案となりました。それでも左派イデオロギーに凝り固まった偏向が日本を襲う危機は続くことでしょう。良識ある政党や国民は、家族や社会を守るために警戒を怠るべきではないと思います。

 いわゆるLGBTQ+などの多様性を強く推し進めるカルフォルニア州やコロラド州もこれに追随する動きを見せているようで、どこも民主党が強い地域ですね。日常の会話まで禁止されるわけではないようですが、公的な法律文書から普通の家族の言葉が消えていくというのは、なかなかに衝撃的ですし、いずれ日常会話まで変わっていくのではないかと怖くなります。こういう極端な流れが日本に上陸しないことを切に願うばかりですね。ところで、私がこのニュースを見ていてそれ以上に気になったのは、こうした“新しい価値観”とされることを巡る議論の中で、少しでも慎重な意見や批判的な声をあげる人たちを、「時代遅れ」の一言で一蹴してしまう世間の風潮です。

 この「妊娠親」「非妊娠親」の法制化も、もしかしたら、私たちにとって大切な文化が崩壊する入り口なのかもしれません。「みんなが言っているから」「時代だから」という言葉に流されてしまうのは簡単です。 ですが、ガソリンエンジンや石炭発電の技術が今なお現場を支えているように、古くからあるもの、続いてきたものや文化、風習にはそれだけの強固な理由と合理性があります。新しい変化をすべて拒絶する必要はありませんが、それが本当に「進歩」なのか、それともただの「錯覚」なのか。時代の勢いに流されず、自分の頭で一歩立ち止まってしっかりと判断できる力を、常に持っていたいものですね。♥♥♥

 

 

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