中嶋嶺雄先生ご逝去

 国際教養大学学長・理事長中嶋嶺雄先生が肺炎でお亡くなりになりました。先生は東京外国語大学学長時代にできなかったことを、遠く秋田の地にて、初代学長として、一つ一つ実を結んでいかれました(平成16年開学)。今私が一番興味関心を持って見守っている大学です。数多くの新聞が追悼記事を掲げた中でも『産経新聞』が最も詳しく取り上げていました(平成15年に第19回「正論大賞」受賞)。

  国際教養大学、立地は秋田市街からは遠く離れた山の中、周囲にはコンビニ一つありません。この大学の敷地と建物は、元はミネソタ州立大学機構秋田校のものでした。当時、アメリカの大学の日本校が大ブームとなっており、40校近くが開校しました。私が親しくお付き合いさせていただいていた河合塾の本部長、故松井悦夫氏は、当初からこのブームは長続きしないと、明確に分析・予言しておられました。あらためて松井氏の先見の明に感服します。案の定、次々とアメリカの大学の日本校は閉鎖撤退を続け、この秋田の大学も2003年に廃校になり、翌年に全国初の公立大学法人として国際教養大学が開学したのです。

 全ての講義を英語で行う、徹底した少人数教育、全員寮生活を送る(外国人と一緒に)、24時間開放の図書館、全学生に1年間の海外留学を課す、秋入学の導入、三言語主義IMG_1557など、中嶋学長は、いろいろな先進的仕掛けを学内に持ち込んだ素晴らしい指導者でした。詳細は『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』 (祥伝社黄金文庫)をお読みください。「これまでの日本にない、まったく新しい大学」を標榜して、独自のプログラムと施設を整備されました。日本の高等教育に革命とも呼べる旋風を起こし、トップ級の評価と実績を確立した国際教養大学を、さらに飛躍させようと意欲を燃やしておられた矢先の、突然の旅立ちでした。合掌。

 この大学に学ぶ学生たちの生の声は、友野伸一郎『対決!大学の教育力』(朝日新書)をご覧下さい。中嶋先生は中国の専門家で、最近も『文藝春秋』12月号(2012年)に「「四十年後に苦労する」大平正芳「的中した予言」」と題した対談をお元気にやっておられただけに、ビックリする訃報でした。

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