いいでしょ、この曲?仲間由紀恵と阿部 寛が演じる“迷コンビ”が不可思議な現象の裏に潜む“トリック”を暴いていく人気シリーズ映画の完結編『トリック劇場版 ラストステージ』(2014年1月11日劇場公開)の主題歌が、鬼束ちひろさんの「月光」に決まりました。これは2000年に発売された彼女のセカンドシングルでした。「月光」は、鬼束さんのシングルのなかでも、売上枚数が60万枚とトップになる彼女の代表曲であり、歌詞に込める自身の生と、取り巻く世界への葛藤を、ピアノの伴奏のみで、切なく力強く歌い上げる。そんな当時の世の中の空気感を色濃く映した同曲は、多くの若い世代に共感され、ドラマの放送とともに異例のロングセールスを記録していました。初のアルバム『インソムニア』はオリコンチャート初登場1位となり、150万枚以上の売り上げを記録します(これは「不眠症」という意味の単語)。日本レコード大賞作詞賞、日本ゴールドディスク大賞、ロックアルバム・オブ・ジイヤーなど、立て続けに受賞します。私はその頃、大田高校、津和野高校で教えていたのですが、全作品を購入し、合唱大会でクラスで歌ったりと、応援していたんです。ところが、突然彼女は豹変します。ド派手なメイクに、肘から下はインディアン調の入れ墨が彫られ、手の甲にまで星のタトゥー、高いヒールにド派手なファッションで登場し、昔の面影はどこにもありません。「あ、これ普通。みんな勘違いしているだけ。あたし何も悪いことしてない」 昔の清楚なイメージはどこかにふっとんでいきます。ここら辺の様子は、自伝的エッセイ『月の破片』(幻冬舎、2011年)に詳しく書かれています。最近では、『TV Bros.』12月7日号、12月21日号、『Rolling Stone』1月号にもインタビューが掲載されました。ファン必見です。
閑話休題。鬼束ちひろの「ちひろ」という名前は、両親が大ファンだったさだまさしさんの「歳時記」(ダイアリィ)という曲に出てくる名前から拝借したものです。実はもう一つつけたい名前の候補があったそうで、「檸檬」(れもん)ちゃんでした。そう、これもさださんの代表曲のタイトルですね。小学校でいじめられるから、と母親が猛反対してくれたおかげで、鬼束檸檬にならなくてすんだんだそうですよ。
「月光」が売れて、精神的にも肉体的にもギリギリの日々を送ってストレスを溜め込んでいた彼女。心はますます不安定になっていきます。スタイリストが用意
する衣装が超不満だった、と言います。たまには派手でセクシーなものも着てみたかったのに、胸が大きいので隠すためにAラインのワンピースみたいな服ばかり着せられていたそうです。「何でこんなことしなきゃいけないの?」 ある日、いつものようにコンサート会場で緞帳が上がり、目の前に広がる光景に息を呑んだと言います。あろうことか、会場を埋め尽くしたお客さん全員の顔が悪魔に見えたのです。右も左も、手前もずっと後ろの方も悪魔の顔、顔、顔。歌なんか歌っている場合じゃない、今すぐここから逃げ出さないと。以降、ステージに立つのが怖くなったと言います。「パニック障害」という精神疾患でした。デビューしていきなり売れたときに、周囲の態度が手のひらを返すように変わったことも要因だったと言います。話をしたこともない高校時代の同級生からちやほやされる度に、白けた気分になっていった。拡散しているパワーを一箇所に封じ込めるために左腕に入れたのが入れ墨でした。自分の身体に刻まれた模様をじっと見つめるだけで,不思議な感覚、自然と気持ちが落ち着いてくるお守りのようなものだったと回想します。一度暴れると誰も手に負えなくなるので「暴れん坊冬将軍」と自称しているぐらいです。小さい頃、生きた金魚の目玉を食べたこともあるそうですから、やはり変わった少女だったんですね。小さい頃はあたりさわられることが嫌だったのでまじめにしていたが、途中から激しい腹痛を訴え、学校に行かなくなった(ズル)と告白しておられます。アルバムやテレビ出演をドタキャンしたり、奇行が目立つようになり、レコード会社を解雇されます。2004年から二年半休止状態の時には相当荒れ狂っていたようです。すさみきった娘を見かねた父が、鬼束さんの頭を床にたたきつけたときには、フマキラーを父に向かって噴射(!)しています。
2004年から2007年に活動を再開してからは、同棲していた男性から暴行を受け、顔など全治1ヶ月のけがを負ったことも大々的に報道されました。ツイッターに「あ~和田アキコ殺してえ」と大人げない書き込みをして、謝罪したこともありましたね。「変わった人だよね。とにかく変わった人だから放っておこうね」と和田さんからは、あきれられます。2008年から2009年にかけても極度の疲労を理由に8ヶ月間休養し、所属レコード会社の契約を解除されます。
そうそう、彼女のアルバムのブックレットの最後には、必ず「Thank for God」という言葉(クレジット)が入っていることをご存じですか?これは鬼束さんの心の中から神様に対する感謝のメッセージだと言います。本当に神がいるかどうかは別として、自分の人生の運の良さを考えた時、神様(=自分自身?)に感謝せずにはいられないという思いから入れている言葉だと言うのです。以前はマリア様をステージ上に置いて歌っていたこともありました。
冒頭の「月光」の話に戻ります。上京してまもなく、ひたすら曲を書き続けていた頃、たくさんある曲の中から、プロデューサーがこの曲を発掘して気に入ってくれます。「トリック」というTVドラマの主題歌に決まり、予定していたセカンドシングルが急遽「月光」に差し換えられることになります。歌詞の冒頭に「I’m GOD’S CHILD この腐敗した世界に堕とされた How do I live on such a field? こんなもののために生まれたんじゃない」という部分があるんですが、この歌詞にある「腐敗」という言葉が強すぎるので、他の言葉に変えられないかと何度もプロデューサーにしつこく説得されます。「変えません。絶対に変えません!」 彼女は頑として受け付けなかった、と言います。
最近、彼女の音楽活動の集大成となるベスト・アルバム『GOOD BYE TRAIN~ALL TIME BEST 2000-2013』 が発売されました。2枚組のベストアルバムなんですが、買うのは本当に久しぶりです。私は圧倒的にデビュー当時の1枚目の曲が好きです。もう一度「月光」を超える、あの力強い歌声を聞いてみたい歌手です。それにしてもこのアルバムの奇妙なタイトルは一体何でしょう?「”知るか”!っていうことです(笑)。さよなら。親離れした子供たちに」「そう。”月光”なんて、私は目を合わせませんから(笑)」「私、人間っていうのはずっとその人であると思ってるんです。だから、振り返ったりする必要もないと思ってる」 やはり、分からない人でした。
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