Mr.マリックの修業時代

 12月29日午後、BS日テレで、以前好評だった「マジック4000年の歴史~第2章~誰も知らない奇術大国ニッポン伝説の奇術完全再現」を再放送して、Mr.マリックさんが解説をしておられました。今夜は私の大好きなMr.マリックさんの、若かりし修業時代のお話をしましょう。以前に「マリックさんのどん底時代」については紹介しましたネ。⇒コチラです  みんな売れるまでは苦労しているんですよ。でも、一生懸命頑張っていると、誰かが見てくれているんですね。マリックさんもそうでした。

magic,man,account,male,person,people,profile,human,member,user 岐阜県の工業高校を卒業したマリックさん(松尾)は、パロマガスに就職します。マジシャンへの夢を実現するために、数多くのコンテスト番組で優勝し、ようやく親の理解を得て、サラリーマンを辞めます。当時、マジックのプロへの道は狭く、師匠に弟子入りして腕を磨くか、プロダクションに所属してキャバレーなどに出るくらいしかなかったのです。岐阜で暮らしていたマリックさんには、そのどちらのつてもなく、それでもマジックで食べていきたい彼は、何とか見つけ出したのが、デパートの手品用品の実演販売だったのです。ところが、いくら上手く実演しても誰も買ってくれません。ましてや「これください」と買いに来てくれる指名販売はゼロでした。とくに平日昼間のお客さんはマジックとは何の縁もゆかりもない人ばかり。売り場に立ち止まらせ、驚いてもらい、買わせるなどということは夢のまた夢でした。でも、当時は歩合制の給料ですから、売らなければ食べていけない。実家から通っていたので、食べることは何とかできましたが、収入ゼロの日がずっと続きました。

 そこで一計を案じたのが、「人集め」の方法でした。マリックさんは階下の家庭用品売り場へ行って、おろし金や洗浄道具を売る実演販売のプロたちの手法を観察するのです。彼らのやり方はこうです。最初に売り場に足を止めた客には、絶対に商品を売らずに、「ほら、ピカピカになるでしょう」と話して、人集めの芯にしてしまうのです。そうして人の輪ができた頃を見計らって、ようやく商品の説明に入ります。欲しいという衝動のサインを見逃さずに、客が財布を出したら、ここぞとたたみかけて、気が変わらないうちに商品とお釣りを渡してしまう。このようにして、マリックさんは商売の基礎の基礎を学び、サービス業としてのマジックを身につけていったのです。エスカレーターの前まで出かけて行き、つかみのマジックを見せ、売り場まで来てもらう。そこで、「このコップ、何の仕掛けもありませんね」「そうですね」と確かめた後に、どんどん「イエス」で納得させていき、そこで初めて不思議な現象を見せるのです。やってみますか?」「できますよね?」「説明書もついていますよ」とたたみかけて説得をして、手品用品を買ってもらうのです。マリックさんは、この時に身につけた説得話術は、テレビに出るようになってから本当に役立ったと回想しています。20代から30代の14年間、こうして各地のデパートで実演販売を続け、腕を磨いていったのです。実演販売で学んだことは、立て板に水のように喋っても相手には伝わらない、ということでした。セリフのような言い回しも嘘にしか聞こえなくなるのです。目の前の人に合わせて、その場その場の雰囲気の言葉で語りかけるという話術の基本を学んだのが、この時期でした。

 そんなときに登場したのが、スプーン曲げの超能力者ユリ・ゲラーでした。手品売り場からは人が去り、どんなすごいことをやっても「手品でしょ」で片づけられてしまう。練習して苦労して身につけた技術が認めてもらえなくなってしまいます。このスプーン曲Mr.マリックげを超える奇跡を見せない限り、お客さんがマジックを楽しんでもらえる時代は戻って来ないと、肌で危機感を募らせました。しかし、まだテレビの世界とも縁遠く、東京で実演販売と手品教室、マジックショップの経営に追われる毎日でした。14年の実演販売の経験と研究成果を生かしたマリックさんのマジックは、口コミでどんどん広まっていきます。ある日、都内のホテルのラウンジでクロース・アップ・マジックのショーを始めたころ、深夜人気テレビ番組「11PM」のプロデューサーの目に留まるのです。これってテレビカメラで撮って大丈夫ですか?」 ほとんどのマジシャンが「寄ったり横からは撮らないで」と言っていた時代に、「どこから撮ってもいいですよ」と答えたことで、テレビ出演のチャンスが巡ってきました。卓越した技術に裏付けられた不思議なマジックに、人気が爆発します。タバコが100円玉を貫通する、紙幣が浮き上がる、超魔術・ハンドパワーの誕生です。テレビの特番が次々と組まれ、どんどん視聴率が上がり人気が高まっていきました。

 「出る杭は打たれる」と俗に言いますが、まさに人気絶頂、そんなさなか、マリックさんの超DSCN3092魔術・ハンドパワーは、インチキだという糾弾本が出ます。ゆうむはじめ『Mr.マリック超魔術の嘘』(データハウス,1990年)です。しかも何冊も続きます。人気マジシャンの暴露本ですから、売れないわけがありません。マリックさんはストレスが溜まったせいで、顔面麻痺になってしまうのです。友達と鍋を食べていたときに、ポロっと食べたものが口から落ちた。友達が「あれ?眉毛がずれているよ」と言うので、トイレの鏡を見たら、顔がおかしい。すぐに病院に行ったら、即入院。耳の奥の神経が切れていたそうです。一年間の入院生活を余儀なくされます。

 復帰後、マリックさんが仕掛けたのは、マジシャンの三原則「先に現象を言わない」②「同じマジックを繰り返さない」③「種明かしをしない」をぶち破ることでした。将来に向けて、マジック界を盛り上げるには「誰にでもできます」が大切なことと考えたマリックさんは、簡単にできる超魔術を普及させることが自分の使命と考え、タネ明かしをしながら、タレントさんたちにマジックを教える番組を作りました。当然のことながら、常識破りのこのやり方に対して、閉鎖的なマジック業界は激怒します。この種蒔きで必ず5年後にブームが来ますから」と理解を求めました。現実には、3年で手品用品のブームが到来し、業界が活性化します。マリックさんの眼力の正しさが証明されたのです。

 マリックさんの売れない時代の苦労話については、異色マジシャンカズ・カタヤマさんの著書『図解マジックパーフォ-マンス入門』(東京堂、2006年)の巻末に(p.225-259)収録された、マリックさんへの詳細なインタビューに掲載されています。仰天エピソード満載の記事ですので、とても興味深いです。また、アメリカのマジック専門誌MAGIC の2010年11月号には、マリックさんの特集記事が組まれていて(pp.44-51)、詳しく出ています。今までに見た中では、最もマリックさんに密着した正統派の特集記事でした(ライターはSteve Marshallさんです)。マジックには他の芸にない力が二つある、とマリックさんは言います。一つは、言葉が通じなくても言葉の壁を超えて感じあえる力、もう一つは、希望と再生を伝える力です。12月30日(月)午後6時半より、日本テレビ開局60年特別番組「世界に誇る50人の日本人  成功の遺伝史」という番組に、マリックさんは出演しますよ。なおマリックさんのサイトはコチラです。 ♠♣♥♦

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