マギー司郎さんの魅力

 メガネにヒゲ。黄色い燕尾服に、茨木弁の客いじり。以前にマギー司郎さんのこマギー司郎とをチョット書きました。⇒コチラです  今のマジック界にあって異質な存在ですよね。マジシャンなのに会場をほんわかさせる「おしゃべりマジック」とでも言うのでしょうか。いつも柔和な表情でお客さんの心を癒しています。「昔はハデなイリュージョンに憧れたよ。でもね、この年になるとあの大がかりな仕掛けは大変なんだ。やらなくてよかった」とおっしゃいます。座右の銘は「自分の弱点は武器になる。弱点をさらけ出せば人は強くなれる」「芸人は、犯罪でなければ何をしたって構わない」だそうです。マギー司郎『生きてるだけでだいたいOK~”落ちこぼれ”マジシャンが見つけた「幸せのヒント」』(講談社、2007年)は、マギーさんの履歴書のような本です。

IMG_3206 マギーさんは中卒17歳で家出して、最初は池袋にあったキャバレーでボーイをしておられました。その後マジックスクールに通い、20歳からストリップ劇場の舞台でマジシャンとして働き始めます。幼少期の貧乏生活と、15年ものストリップ劇場での下積み、という不幸を背負ったからこそ出せる味なんですね。1日4回出演のストリップ劇場、お客さんはストリップを見に来ているから、マジックは邪魔です。見ないのが当たり前で、おねえさんの裸はまだか、と。舞台に出た途端そんな無言の嫌われているオーラをひしひしと感じながら、「これからボク、20分、手品やるんですけど、嫌われているのもわかっているから、しんどいなとい思った方は、これを見てください」と舞台の袖に新聞や雑誌を置きました。舞台に出ている本人が勧めるわけだから、お客さんも手に取りやすい。終夜営業の週末には6回出番があって、最後の回は夜中の3時。寝ているお客さんをいかに起こさずにマジックをやるか。そんな舞台を1ヶ月に120回、15年間で2万回以上やった下積み時代が今の芸風につながっています。舞台に出なければ稼げない。でもお客さんは一筋縄では見てくれない。そんな葛藤を毎日繰り返していると、すごい手品で驚かせたいとか、完璧に決めたいとか、ほめられたいとかは、全部忘れてしまったと言います。芸というのは、社会のゆとりで生かしてもらっていく世界。お客さんのゆとりを失わせてはいけない、見たくないなら無理してみなくていいですよ、寝ているなら静かにやりますよ、って。駆け出しの頃ネタがなかなか受けず、「ボクも大変なのよ…」「ごめんねー。じつはボク、手品が下手なんですよ。」と呟いたら、ドッと受けたことから、客いじりとぼけた味の芸がゆとりにつながっています。

 十八番オハコの「縦縞のハンカチが横縞になりました」も、昔は、ハンカチを一度箱に入れていました。「何にもありませんよー」って空箱を見せておいて、そこに縦縞のハンカチを入れて、おまじないをかけて取り出すと「横縞になっていますよー」という感じでやっておられたんです。箱を持って行くのが面倒なのと、お客さんがうれしいのは仕掛けじゃないだろうと思ったので、いつの頃からか箱に入れるのをやめてしまいました。計算や理屈ではなくて、芸をずっとやっていると芸がいろいろなことを教えてくれるんだそうです。踏んだ舞台の数だけは誰にも負けないという自負が、ゆとりを生み出しているのだと思います。

 芸人はお客さんのゆとりの部分で生かしてもらってる。弟子にはまずそのことを肌で実感させるの。マジックなんかよりも大事なのは、「おはようございます」「ありがとうございました」などのあいさつやマナー。人としての最低限のルールなんだよね。それと、「頭が悪いのに、いいふりしちゃダメだよ~」「できないものをできるというのはダメだよ~」それから「言い訳は後出しじゃんけんと同じで卑怯だから、そういうクセはつけちゃダメだよ~」とも言ってる。弟子たちに教えるのは「芸は生き方そのもの」普段の生活を正せば舞台なんていつものまま出ればいいんだから。  ―『生きてるだけでだいたいOK』(講談社,2007年)

 マギー司郎さん、芸歴50年近く、無遅刻・無欠勤です。

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