鉄拳さん

 「こんな▲▲はイヤだ!」スケッチブックのパラパラ漫画でお馴染みの芸人「鉄拳」さん。最近露出が多いですね。昨年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」でもアニメーションを担当しました。私は彼が芽が出なかった頃を知っているので、最近の活躍はなんか嬉しいです。

 彼は、3年前に、芸人を辞めて田舎(黒部ダムの入り口・長野県信濃大町)に帰ろうと鉄拳していました。6000人もの芸人が所属する吉本興業に籍を置きますが、売れっ子となるのはその中のほんの一握り。周りが頭のいい芸人さんばかりで、このままやっていても絶対一生勝てないだろう、と実感したからです。こりゃダメだ。天才が多すぎる」と。たとえ今は仕事があっても、将来を考えると若い人がどんどん出てくるし、続けていけないと思った。後になってやめるより、今のうちにやめる方がいいと思った」と回想しています。辞める日も決め、最後の営業の仕事を渋々こなしていたとき、カラオケの第一興商から、パラパラ漫画を描いて欲しいという依頼を受けます。実はほかの芸人さんが描く予定だったものが、忙しくて描けずに急遽鉄拳さんに回ってきたのです。これが最後の仕事だ」と思って頑張ったと言います。これでパラパラ漫画の仕事に火が付きます。仕事依頼が殺到した。人生何が起こるか本当に分からないものです。

 漫画を描くのが大好きだった彼は、16歳のときに『週刊ヤングマガジン』の「ちばてつや賞(期待賞)」を受賞しています。半年後に、自信満々でもう一度応募したところ、選考にも残れずにショックを受け、漫画家の道をあきらめます。次に、柔道をやっていて体に自信のあった彼は、大仁田厚のFMWというプロレス団体(当時のプロレス団体はどこも180cm以上という制限があった。FMWだけが身長・体重制限がなかった)に入門して練習生になります。身長が171センチしかない彼は、どうしても大きな選手とやると不利で、「レフリーをやれ」と言われ、辞めてしまいます。そして建築関係の仕事で働いています。ブルドーザーやショベルカーといった車両系建設機械の運転免許も持っていたのです。でもなぜか「有名になりたい」という思いが消えず、劇団「東俳」の試験を受けて、舞台俳優を目指して芸能人となりますが、「滑舌の悪さ」から3か月で辞めます。次に目指したのがお笑いです。当時人気絶頂だったプロレスラーのロードウォリアーズホーク・ウォリアーのようなペイントで、逆モヒカンにいかつい格好をして、得意のマンガをスケッチブックに描いて、滑舌悪くボソボソとしゃべる、という「鉄拳」が誕生したのです。

 パラパラ漫画は、カラオケが1作目、東日本大震災のあとの「絆」が2作目、3作目が「ツナガル」、4作目がフジテレビの深夜番組の企画で描いた「振り子」です。この置時計の振り子が左右に振れる中に2人の人生が描かれ、添い遂げようとする夫婦の姿が感動的な「振り子」(書き上げるのに2か月かかった)が、ユーチューブで世界中で300万回を超える再生回数を記録し、人気に火が付きます。今は締切に追われる毎日で睡眠不足、1日に18時間休みなしで描いているそうです。建築現場を体験していることで、人には言えないようなワケアリの道に迷っている人たちと交流したことが、作品に息づいているとおっしゃいます。小さい頃の家族との原風景も大きな影響を与えていると分析します。

 とっくに踏ん切りをつけていた中で、突然パラパラ作品が脚光を浴びた。鉄拳さんに学ぶ教訓。目の前のことを根気強くこなしていれば、運が巡ってくることもある。人生捨てたもんじゃない。パラパラ漫画を仕事としてやっているのは彼ぐらい。前例がないので、どうやってギャラの値段をつけたらいいか分からない」と吉本の社員さん。やはり、人のやらないことをやる!

    ※『ビッグトモロウ』4月号、「日刊スポーツ」3月2日、を参考にして書きました。

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