生き方が奇跡を

 なくしてしまった鍵を街灯をたよりに探している男がいた。それを見ていたひとりの女性が、「鍵を探すのを手伝いましょうか?」とたずねた。男はたいそう喜んだ。けれども、どうしても鍵は見つからない…。そこでその女性が「どのあたりに鍵を落としたか、おおよその見当はつきますか?」と聞いてみた。すると男は、「じつは、鍵は家の中で落としたんです…」と答えるではないか。「家の中で鍵を落としたのに、ではなぜ街灯の下で…?」と女性はたずねる。「家の中に明かりがないので、どこに明かりがあるのか捜しにここに出てきたのですよ」  「!!

 これと同じ見当はずれのことを、私たちは日頃やってはいないでしょうか?問題を解決しようとして、自分の外の世界にばかり目をやるたびに、これとまったく同じ誤りに陥ってしまっているのではないでしょうか。この逸話はウェイン・ダイアー博士『小さな自分で一生を終わるな』(渡部昇一訳、三笠書房)で読んだ話で、先日も教室で生徒に話したことです。人間の本質的な部分は自分の中にあるのに、自分のことが分からないから、答えを見つけようとして自分の外側ばかりを見ようとして時間を浪費しているのです。ダイアー博士ご自身が、講演でこのことをお話になっている映像がこれです。

 生徒たちには、正しい努力」「間違った努力」があるということを話します。どんなに大変で辛くても「正しい努力」を続けていれば、必ず成果が得られます。逆に「間違った努力」はいくら頑張っても、絶対に結果はついてきません。怠けているわけではないので、かえって性質(たち)が悪いとも言えます。高校生の中には、この「間違った努力」を勉強だと勘違いして、延々と続けている人が少なからずいます。間違った勉強方法にしがみついて変えようとしません。そのことに、いち早く気づいて軌道修正することのできる人が、志望校に合格していきます。家の中で落とした鍵を、外の街灯の下で一生懸命探している人の話は、そんなことを私たちに教えてくれます。 

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