衣笠さんの努力

 元広島カープの偉大な選手衣笠祥雄(きぬがささちお)さんが、17年間で2215試合連続出場の世界記録の持ち主であることはよく知られています。以前に衣笠さんのことを、このブログで取り上げたことがあります。⇒コチラです  デッドボールを受けて、全治2週間の骨折と診断されたときにも試合に出続けました。今の選手たちではまずありえないことですね。どうしてそれだけの強い気力を持って、野球に取り組むことができたのでしょうか?野村克也さんがその秘密を語っておられました(最新刊『理は変革の中に在り(KKベストセラーズ)。その原点は少年時代にあると言います。

 衣笠さんは父親が在日アメリカ軍人、母親が日本人、の子どもとしてこの世に生を受けます。当時はまだ終戦直後ということもあり、外国人の子どもに対する風当たりは強かったと言います。彼は子どのころから好奇の目にさらされ、仲間外れにされ差別を受けることも多かったとのことです。骨折しながら試合に出続けることは「少年時代の苦労に比べれば、苦労のうちに入らなかった」とご本人が語っておられたそうです(江夏投手の言による)。そのときに衣笠さんは江夏さんの顔をしみじみと見て「俺はおまえらが経験したことのない苦労を味わってきたんだ」と話したそうです。

 衣笠さんの著書『水は岩をも砕く』(KKロングセラーズ)を読むと、彼が高校時代書き留めていた言葉が紹介されています。甲子園に行くために、苦しみぬいていた時期のことです。

一にも二にも、三にも努力。努力以外に上達の方法はない。

苦しみの後の晴々とした気持ちは、苦しみを強く粘りぬいた者だけが味わうことができる特権である。

人間は苦しまなければ進歩がない。そして過去の苦しみには感謝しなければならない。

IMG_1954ポジションをとることも、四番を打つこともどちらも大変だった。言葉だけ見れば力強くも感じられる。しかし、本当は苦しかった。落胆したり、有頂天になったり。そのどちらにしても若いだけに激しかった。だからこそ、そんな言葉を求めていた。思春期には特にそのような言葉が心の支えになった。

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