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 渡部昇一・江藤裕之・平岡弘章『グローバル・エリート教育』(PHP研究所、2016年)を読んでいて、その中にこんな疑問が出ていました。みなさんにも考えてもらいたいと思います。著者の平岡弘章先生(清風中学・高等学校副校長)がアメリカに留学しておられたときの話です。

 アメリカで英語をネイティブの教師に習っていたときのことです。
 常々疑問に思っていたことがあり、ネイティブに尋ねてみました。
 「get angry with~」の「with」は「against」に似た意味でとらえるのに対し、
「go to school with~」の「with」は「together」の意味でとらえます。この両方
の「with」はスペルこそ同じですが、その意味内容はまったく対照的です。
 一体英語圏の人々にとって「with」の意味、あるいはイメージは、どういったものな
のか。自分自身の素朴な疑問であると同時に、今後、英語教師としてこうした疑問に対し
て明確に説明できる自分でありたいと願ったうえでの質問でした。
 すると、彼は半ばあきれたようにこう答えました。
 「君は大きな間違いをしているようだ。今ならまだ間に合うよ。幸い君はアメリカに
来たばかりだし、そんなバカな考えは早く忘れてしまいなさい」。さらにこう続けました。
「どうして空は青いんだい?」両腕をしかたなさそうに広げながら、「同じことだよ。説
明なんてできない」。そう言って話は終わりました。
 アメリカ滞在中に他のネイティブにもいくどか同じ質問をしてみましたが、答えはほと
んど同じでした。
 冗談じゃない。日本で自分の専門分野で飯を食っている者が、その説明として「空は
青いから青い」と片づけてしまえば、たちまちその職を失うことになるだろう。私の抱
く疑問はそんなにおかしなものだろうか・・・・・。
 今度は同じ質問を、短期留学生として来ていたある日本の公立高校の先生にしてみま
した。彼はしばらく間を置いてから、「そういった考え方は生きた英語をマスターする
のに弊害にこそなれ、とうてい有益ではない」と戒めたのです。
 ・・・・「生きた英語」?    ―(中略)―
 ある英語教師の集まりで、このこだわりについて話しました。私にしてみれば、英語
をより理解するためには、丸暗記ではなく、少しでもネイティブに近い感覚で言葉の持
つニュアンスをつかむことが必要だと考えていたからです。
 すると、「それは面白いけど、受験英語という観点からみれが、少し離れてくるんじ
ゃないかな」という反応が返ってきました。その教師は、「私はそういった語句は全部
暗記させます。それ以上はかえって混乱を招くよ。生徒たちはそういった説明よりも、
何を覚えたらいいかを明確にしてもらうことを必要としている」と言いました。
 ・・・・「受験英語」?

 今から40年以上も前に、恩師故・安藤貞雄先生の『英語の前置詞』(研究社)という小冊(でも内容は一級品)を手元に置き、授業でも前置詞「意義素」についてご指導いただきました。前置詞の数多くある意味を全部丸暗記するなどという愚かな勉強法では、英語の力はつきません。平岡先生が疑問に思われたwithの意味の問題は、with「意義素」を押さえることで解決します。みなさんも考えてみてください。さらには安藤先生には教師のあるべき姿勢も教えていただきました。安藤先生の理想の教師像は次のようなものでした。

a. 教え方が上手であること―これは大切である。日本語も英語も、いい発音で明快に教えないと生徒に十分理解させることができないからである。

b. 生徒にえこひいきしないこと。

c. 叱るべき時には叱る(怒るのではない)が、意地の悪い叱り方をしないこと。

d. 生徒に親切で思いやりがあること。

e. 生徒の質問にごまかさずに誠実に答えること。自信をもって答えられない場合は、十分に調べた上、のちほど報告すること。(生徒に誠実でありたいと思うならば、このような措置は当然であろう。)

f. 時には生徒と平等の立場(footing)に立つこと―教師は生徒を教え指導する立場では、権威をもって、生徒より一段高い位置に立って差し支えないが(そのためには時には礼儀も敬語の使い方も教えなければならないことがあろう)、生徒が何かcriticalな状況にある時は、教師は「教師」であることをやめて、生徒と同じ(恐らくは「人間同士」という)footingに立って、”まごころ”をもって生徒の悩みと付き合う用意がなければならない。

g. last but not leastには、教師は肝の奥底に何かゆるぎない信念を持っていなければならない―その信念が恐らくその人の人格を統一しているのであろうが、それが何であるかは、人によって異なっていてもいいのではないか。ただ、それは狂信的でない、理性と普遍性に裏打ちされたものであることが望ましい。(私の場合は、それは「生命の尊厳」という言葉で言い表せるように思われる。〔そこから、平和への決意も、ヒューマニズムも生じてくる。〕

   以上のような資質を兼ね備えた教師が私の「理想の教師像」です。それは、私にとっては、恐らく生涯かけても到達し得ない、にも拘らず、志向することをやめてはならないイデーなのです。

 私の尊敬する故・渡部昇一先生はこんなことを述べておられます。下線部分がとても心に刺さりました。

 最近、予備校や塾などで派手な服を着たり、奇をてらった授業をする人もいますが、そんなことをする必要はまったくありません。授業は淡々とでいいんです。しかし生徒が質問に来たときには、振り向きざまに刀で斬るように答えるのです。3000時間の予習は、この一瞬のためにあるのです。それだけで生徒はついてきます。

 『振り向きざまに刀で斬るように答える』、私たち教師が心すべき言葉です。さて元に戻って、先ほどのget angry with~go to school with~with、一見すると相反する意味の前置詞を、教室でどう説明しますか?宿題です。❤❤❤

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