半崎美子さん

 去る3月11日に、加山雄三さんの歌番組BS朝日「歌っていいだろ」に、半崎美子(はんざきよしこ)さんがゲストとして出演しました。ショッピングモールを中心に活動し、会場に訪れる多くの人々が涙するという話題の歌姫が、サイン会で打ち明けられた悩みや切実な想いを歌にする、という彼女の音楽人生を特集していました。また、最近、『週刊女性』(7月21日号)「人間ドキュメント」として、半崎さんのメジャーデビューするまでの軌跡を、7ページにもわたって特集していました。感動的な特集記事でした。

 北海道の大学在学中に音楽に目覚め、大学2年になる前に中退し単身で上京、パン屋に住み込みで働きながら、曲を書き続けました。自分の曲を聴いてもらいたい、と30社にあたりますが、なしのつぶてです。「向いていない」「歌が古い」などとこき下ろされ、ボロボロになります。やる気を見せなきゃというときがあって、私、何を思ったか、丸刈りにしていったんです。相手はびっくりして、連絡もこなくなりました。しばらく泣いて暮らしました」 情熱が空回りする日々だったんですね。ショッピングモールで歌い始めたときも、観客はまばら。途中で席を立つ人も気になっていたと言います。事務所に所属していないので、ショッピングモールの出演交渉から、宣伝のポスター貼り、椅子の配置、レイアウト、CD売り場の設営、お釣りの用意なども、全部自分で手がけました。歌うと会場のどこかで必ず涙を流す人がいます。ライブ後のサイン会では、並んでもらった人一人一人と、時間を気にせずにじっくりと対話をされました。歌に共鳴してくださったことで、抱える悩みや思いをお話しされる方がいます。私の人生経験なんて浅いので、気の利いたことなんて言えなくて、ただ聞いているだけなんですけど、心を通わせる貴重な時間です。気持ちを吐き出したり涙を流すことは、前へ進むきっかけになると信じています。」そんな個性豊かな歌声とメッセージ性に富んだ歌詞、そして生き方そのものに共感する人が全国から集まり、17年間どこにも所属することがなかったにもかかわらず、個人で東京・赤坂BLITZの単独公演を3年連続開催、ソールドアウトさせました。人の心に寄り添いながら作る歌は、全国のショッピングモールを回り歌い続け、出会った人々の人生に触れ、涙に触れて、生まれたものです。ショッピングモールの歌姫」として数々のメディアでも取り上げられ話題となり、サザンオールスターズの桑田佳祐さんに激賞され背中を押してもらったこともあり、17年間の下積みを経て、2017年4月に念願のメジャーデビューを果たしました。私は2017年8月に、鳥取県・日吉津のイオンモールで行われたミニライブに行って、直接お話をさせていただきましたが、本当に一人一人真剣に向き合って涙する彼女の姿に心打たれました。⇒そのときの詳しいレポートはコチラです

 NHKみんなのうたに、半﨑さんが書き下ろした「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙」や、サクラ~卒業できなかった君へ~」など、全8品を収録したメジャーファーストミニアルバム『うた弁』は異例のロングヒットとなりました。その年「第50回日本有線大賞新人賞」を受賞。2018年3月、MBS/TBS「情熱大陸」では、半崎美子さんの生き方や学校訪問の様子が放送され、大反響を呼びます。11月には東京国際フォーラムホールAでの集大成コンサートを大成功させました。今では大活躍の半崎さんの活動は、ホームページで詳しく見ることができます。⇒コチラです

 大学を中退して上京する時、「私は歌で生きていくと心に決めました。何をやっても続かなかった私がようやくこれだと思えるものに出会えた。歌を何が何でも離したくないと思いました。当時は失敗した場合にどうするかなど、まったく頭になく、根拠のない自信だけがありました」両親は最初反対でした。「飽きっぽいという先入観があったので、歌も途中でやめてしまうと思ったんです。もう1年、大学に行って考え直したらどうかと言いました。でも美子はその1年が無駄になると言ってね」(父) 両親の愛情を物語るエピドードには心打たれます。10数年前、半崎さんがリハーサルの休憩から帰ってきません。心配して探すと、半崎さんは過呼吸気味になりながら激しく泣いていました。何があったの?と聞くと「お父さん、お母さん…」とだけ言う。聞けば、父親からお金が振り込まれていたのだといいます。留守電に「本気でやるつもりなら、ちゃんと練習できる楽器を買いなさい」と。それからほぼ独学で猛特訓し、驚くほどのレベルで弾き語りができるようになったといいます。17年もの間、フリーで下積みを続けてきた半崎さん。いまこのショッピングモールで、目の前で聴いてくれている人に全身全霊で歌を届ける。サイン会でも、いまこの瞬間を分かち合うように大切に対話をする。そんな積み重ねをするうちに気づいたら、ここに辿り着いていた。私には必要な17年でした」と。自分の歌が自分自身よりも長生きすることを願い、歌が教科書に載ることが半崎さんの一つの夢だそうですよ。♥♥♥

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