「松山千春 23年目の旅立ち」

 3月にNHK BS4Kで放送された『伝説のコンサート“松山千春” リマスター版』NHK BSプレミアムで、6月12日(土)に放送されました。松山千春さんが1998年に横浜アリーナで、また1999年に恵比寿ガーデンホールで行ったコンサートで構成した特集番組がリマスター版で紹介されたのです。

 美しく叙情的なメロディーと魅力的な歌声・圧倒的な歌唱力で多くのファンに愛される松山千春さん。この番組は、1999年に制作されたスペシャル番組「松山千春 23年目の旅立ち」をリマスターしたもので、かつて映画で共演して以来の仲である中井貴一さんがナレーションを務め、「恋」「ふるさと」「旅立ち」「銀の雨」「大空と大地の中で」など名曲の数々を、当時のインタビュー映像を挟みながら届けました。

【歌った楽曲】
「春夏秋冬」
「時のいたずら」
「恋」
「旅立ち」
「銀の雨」
「季節の中で」
「人生の空から」
「都会」
「ふるさと」
「雑踏」
「足寄―あしよろ―より」
「君を忘れない」
「俺の人生」
「北の大地」
「大空と大地の中で」
「純」
「この世で君が一番好き」
「途上」
「雪化粧」

 松山さんは、地元足寄高校では首席となるなど、成績は抜群で、担任の先生からは大学進学を勧められていましたが、家業の苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念しました。高校時代はバスケットボール部で、当時十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったといいます。高校卒業後は、北見に出て、叔父が経営する小料理屋の手伝いと、クラブのバーテン兼照明係を行いながら、合間をみて作詞・作曲を行います。その後、一時足寄に戻り、父親の仕事を手伝いながら「フォーク音楽祭」に応募。生涯の“師”と仰ぐ竹田健二(たけだけんじ)プロデューサーと出会うことになります。そこら辺の詳しい事情に関しては、以前コチラに書きました。

 さて、1975年の全国フォーク音楽祭北海道大会。落選した松山千春さんに光るものを感じた、元札幌テレビ放送ラジオ局ディレクターの竹田健二さんは、周囲の反対を押し切り、自身のラジオ番組に起用して全国デビューをさせた、松山さんの生涯における最大の恩人です。東京に行くことはない。お前の好きな北海道で歌い続けろ。あとは俺が全部やる!」と、松山さんの歌手活動を全面的にバックアップ&サポートします。しかし、台本を書いたファーストコンサート「旅立ち」の函館公演のあった1977年8月27日朝、竹田さんは急性心不全のため、何と36歳の若さで急逝します。松山さんのコンサートのステージマイクのそばには、いつも赤いバラの花が一輪置いてあります。今回のコンサートでもちゃんとありました。これは、今でも慕い続ける竹田さんが大好きだった花で、彼への追慕・敬意の表われなんです。竹田さん、俺の生き方間違ってないですよね、これでいいですよね。この歌どうですか?」天国の竹田さんと今でも会話をしながら歌っている、松山さんの義理堅さが大好きです。⇒コチラに「一輪のバラ」について詳しく書きました

 松山さんは、自分の歌唱力には絶対的な自信を持っていて、「松山が生きている限りは自分以上に歌が上手い歌手は出てこない」と断言したこともあります。松山さんがよく口にする、三流」、「二流」、「一流」、「超一流」の定義は、コンサート会場では有名ですね。

 人間に「三流」から「超一流」まである。全く期待されない「三流」の人間。期待はされるが、それに応えることのできない「二流」の人間。周りから期待され期待通りの活躍をしてみせる「一流」の人間。そして期待され、その期待以上のことを見事にやってみせるのが「超一流」の人間である、と。そして続けて、俺は「超一流」の歌い手である、と自信満々。

 今回のコンサートの中で、その竹田さんにこっぴどく叱られた記憶を回想しておられました。

こうやってさ、コンサートであっちこっち旅してんじゃん。竹田さんに言われたもんなぁ。九州、福岡から長崎に行く時に、列車の中で、デビューしたばっかりの頃な。キャンペーンみたいなかたちで行ったんだよ。その時に、まぁ、ラジオ局のディレクターだった竹田さんがさ、一緒にくっ付いてきてくれて。列車の中で俺、漫画の本を読んでたんだよ。そしたら竹田さんに怒られてさぁ。「お前、何やってんだ!お前、プロになったんだぞ。こうやってな、北海道の人間が九州に来られるのも、プロになったから来られたんだろ。そしたら、今度帰って、みんなに話しをしたり、ひょっとしたら歌ができるかもしれないし。一分一秒でも無駄にするな、この景色を見ておけ。この窓の外の景色を見ておけ。停まった駅で、どんな人が降りて、どんな人が乗って来るのか、ちゃんと見ておけ」…怒られてさぁ…。そうだよなぁ。せっかくこうやっていろんな所行けるんだから、いろんな人と出逢って、いろんなものを見て、いろんな感情のふれあい…そういうものを体験すべきだよなぁ。それはもう竹田さんから受けた一番大きな影響かもしれんなぁ。

 「大空と大地の中で」「純―愛するものたちへ―」の間に挿入されたトークでは、松山さん自身が考えるフォークソングというものについて本音を語っています。

 俺の、あなたの人生が、いつかどこかで終わるということを知りながら、人を好きになったり、優しくしてみたり、怒ったり…いつか終わるの、分かってんだぞ。分かってるのに生きるんだぞ。こんな悲しいことないじゃないか。だから俺は“悲しいですね”とも歌うし“空しいですね”とも歌うし、“悲しいからこそ愛しいですよね”とも歌うし。

 俺たち死ぬって分かっているのに、俺、お前のこと好きになっちゃったよ、恋愛って悲しいよなぁ。けど二人でこうやっていることは楽しいことだよなぁ…それがもう…フォークソングと言うか。歌の原点なんだと、思うよな。

 それを人はいろいろなジャンルで分けるけど、俺はなんでフォークソング、そんなひとつのジャンルに拘るんだ?って言われるんだけど。いわゆる虚像でないんだよ。いろいろ飾り付けた…見栄を張ったり、どうだ、とかな、そういう虚像で歌う音楽じゃないんだよ。あくまでも実像なんだよ。“私はこれだけの大きさの人間です” “これだけの身長で、これだけの体重です” “これだけ歩いて来ました。そして今ここにいます” そういう実像の音楽がフォークソングなんだよ。

 だから俺は自分を自分以上に見せたいとも思わないし、また、お客さんに対して聴いてくれる人に対して、卑屈になって、“自分はこんな人間なんです”ってな、そういう歌も歌いたくないし。あくまでも等身大の松山千春というものを歌っていくつもりだし、それがフォークソングなんだよ。

 「この世で君が一番好き」を歌い終わった後の、この曲を捧げた亡きお姉様の闘病最終盤の話はいつ聞いても感動します。お姉さんに対する深い愛情・慈しみをひしひしと感じる語りです。“人間・松山千春”&“フォークシンガー・松山千春”をよく伝えている好番組だと思いました。♥♥♥

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