渡部昇一先生のエピソード(11)~失敗は成功の素

 渡部昇一先生は留学先のドイツで、28歳の時、西洋の文献学の画期的な学位論文を出版してもらいました。日本に帰国後、それを自分で日本語に訳して、日本でも出版したいと思っておられました。何しろ、英文法史の分野では、日本人としては初めての論文でもあり、内容にも自信を持っておられました。ドイツでは向こうから出版費用を出してもらいましたが、コネも何もない日本ではどこも出してくれません。そこら中頼み回った末に、ある出版社に原稿を預けます。ところが、これが二年たっても三年たっても、一向に出版してくれません。そこで、どうせならもっと大きなところに頼もうと決めて、費用の半分ぐらいは自分で負担してもよいからということで、この分野で一流の出版社である(株)研究社に話をしました。英語の専門分野では一番だというプライドもある研究社は、内容がいいのなら、ということで、売れないのを覚悟で出版してくれました。渡部昇一『英文法史』(研究社、1965年)がそれです。

 あにはからんや、これが専門書としてはよく売れました。5版、6版と版を重ねたもので、最初に半分出した費用も全部戻ってきて、むしろだいぶんプラスになりました。あのとき、最初に頼んだところで簡単に出版されていたら、おそらくは初版でおしまい、そんなに売れることもなかったかもしれませんね。研究社という一番いい専門書店から出版したので、出版社のプレステージも加わってか、長く売れ続けたわけです。つまり、最初に失敗したことが、「もっといい」結果を導いた、と言えるでしょう。

 大学2,3年生の時、渡部先生アメリカ留学の奨学生に応募しました。当時は今と違って、自費で渡航できるような時代ではなかったので、これは大きなチャンスでした。英文科の成績もトップで良かったし、てっきり自分が行けるものと思っていました。しかし面接で落とされてしまいます。理由は、着ているものがだらしない、人付き合いが狭い、といった勉学とは全く関係のないことでした。先生は学生時代は勉強が一番大切だと考えていたので、服装などは全く気にしませんでした。それにお金もなかったので着る物などはボロで、友達とお茶を飲むなどという気にもなれませんでした。外国人の先生、特にアメリカ人教授から見たら、社会性がないと映っていたのでした。このときばかりは、歯ぎしりするほど悔しかったと回想しておられます。「留学した連中は今頃、嬉々として勉強しているのだろうな……」と思っては、歯がゆい思いに苛まれたと語っておられます。「お前はダメだ」と烙印を押されたような気がした、とも語っておられます。社交性というような馬鹿げたことで、千載一遇のチャンスを逃したのです。一日ごとに差がついていくような焦燥感に襲われることもしばしばだったと言います。しかし、それでも投げやりになったり、勉強や読書を怠ることはありませんでした「自分でできることは何か?」「自分の志、初心は何であったか?」と自問してみます。結局自分にできることは、勉強すること、自分は自分の選んだ学校で全力をあげてやってきたのだから、その志を続けることだ、そして英語教師になることだ、だから自分の初心を堅持して待てばいい。留学させてくれるのは大学側なのだから、自分がジタバタしても始まらない。他人が自分より先に行こうがどうしようが、惑わされずに、自分の今できることをやりつつ、自分の初心通りの勉強を続けることに決めたのです。しかし、結果から言えば、アメリカ留学に失敗したおかげで、その後ドイツ、イギリスと留学するチャンスを得ました(留学の一部始終については、渡部昇一『ドイツ留学記(上)(下)』(講談社現代新書、1980年)に出ています)。アメリカ留学よりも大きな有意義なチャンスを掴むことになるのです。1950年代にヨーロッパに留学するというのはたいへんなことで、結局は、アメリカ留学よりも大きなチャンスを掴んだのです。アメリカ留学に行っていたら、このチャンスには恵まれなかっただろうし、ドイツ語をマスターすることも、アメリカを含めたヨーロッパ文化圏について発言する下地も作れませんでした。アメリカ留学のチャンスを逸してから次の機会が来るまでに、5,6年もの時間はかかりましたが、その間に、先生はその時に備えてしっかり勉強もされたし、向上もしました。最初からすんなり留学できた場合よりも、ずっと実りある生活や勉強ができたのです。留学の目的意識もずっと具体的なものになっていました。留学しそこねたアメリカの大学には、後に招かれて教授として行くことになったのは、不思議な縁ですね。待つ間に決して腐らずに、自分を磨き続けてこそ、運を掴むことができるのです。教訓!一度や二度チャンスを逃したからといって、希望を達成する道が閉ざされた、と落ち込む必要はないのです。

【補遺】 若い人たちに向けて、渡部先生は次のようなアドバイスも贈っておられます。 


 人生にとって失敗するということが避けて通ることのできない関門だとすれば、むしろなるべく早い機会に失敗を多く経験したほうがいいと、今の私は思う。年をとればとるほど、その失敗を有効に利用する機会が少なくなるわけなのであるから。


 月刊誌『WILL』の最新10月号(ワック出版)に、政治学者の岩田 温氏が「知の巨人渡部昇一 私は人間として渡部昇一のようにありたい」という、ある時は優しく愛情を注ぎ、ある時は毅然とした態度を貫いた渡部先生の生き方を包括的に描いておられます。読みながら、「まさにその通り!」と膝を打ちました。オススメしておきます。♥♥♥

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