さだまさし『孤悲』

 『存在理由』以来、約2年ぶりのオリジナルアルバムです。シンガー・ソングライターのさだまさし(70歳)さんが、6月1日に発売した新作アルバム『孤悲(こい)』で、新型コロナウイルス禍や、ロシアによるウクライナ侵攻について歌っています。「ここで歌わずにいつ歌うの?と思う。みんなロック魂を失っているとしか言いようがない」穏やかな口調に怒気を込めて、シンガーソングライターの自負をのぞかせています。「僕の歌は時代の標石。何が起きたか、何を感じたかの記録」と語るさださんが、新作にどんな思いを込めたのでしょうか?

▲「孤悲」のレコードジャケット

 前作から約2年ぶり。タイトルは「孤悲(こい)」です。万葉集にある言葉で、「恋」の当て字。 「『孤』は独りぼっちは寂しい、『悲』は心が張り裂けそうだって意味でしょ?ひとりぼっちで寂しいという文字通りの感情をこの二年間皆が経験してきたじゃない。」 いま出すのに、これほどふさわしいタイトルはありませんでした。コロナ禍については、早い段階で1曲発表していました。この新作にも収録した「緊急事態宣言の夜に」という歌です。一昨年、緊急事態宣言が発出された翌々日の4月9日に書き上げ、10日には弾き語りするライブの映像を配信しました。「殴られたら殴り返す感覚というか、いま起きたことを歌にするのが僕らの一番大きな仕事。おかしいと思うことが起きたら声に出さなくてはいけない」 また、自身が創設した基金を使った医療現場支援など直接的な行動も起こしています。その経緯や思いは、『緊急事態宣言の夜に ボクたちの新型コロナ戦記2020』(幻冬舎)という書籍にまとめました。 だが、その後、歌が書けなくなりました。大勢の命が奪われているにもかかわらず、ウイルスへの警戒感を緩めていく社会に戸惑い、迷ったのです。2年近く歌づくりが手につきませんでした。しかし、今年2月、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めます。「ウクライナで、罪のない民が死んでいく。どうにかならないのかと歌で問いかけなくてはいけない」 コロナ禍も含め、命について歌おう、と3月から猛然と歌づくりに取り組みました。

 今回、さださんが曲作りで初めて撮った手法が、「曲先」「詩先」ならぬ「ドラ先」でした。ドラマーにリズムパターンを10通り以上録音してもらいました。それを聴きながら、どういうギターをかぶせたら、自分の心が動くかを考えながら、曲作りをしました。「ドラムが鳴り、エレキが鳴るサウンドならみんなが流れで聴けて、何度かリピートするうちに『すごいことをと言っているぞ』となる。完全ロックの手口でした。」さださん。古希を迎えたさださんは、これからはこの年齢でなければ書けない恋唄を歌っていきたいと語ります。年を取ってもきれいな花は咲く、この年齢になったからこそ、照れずに堂々とあなたは美しいと言える、この作品にはそんな曲も入っています。「恋や愛というもの正体に肉薄していきたいです」と語るさださんです。

 作っては録音し、録音しては作るを繰り返し、一気に7曲を仕上げました。手元にあった3曲を加え、10曲を収めて新作アルバムをスピード完成させました。 タイトルソングの「孤悲」をはじめ、「抱擁」「緊急事態宣言の夜に」「風を贈ろう」「キーウから遠く離れて」「鷽(うそ)替え」の6曲でコロナ禍やウクライナ侵攻、あるいは東日本大震災の被災地へ寄せる思いを歌っています。

 曲名にウクライナの首都の名前が入った「キーウから遠く離れて」には感銘を受けました。テレビに流れたニュース映像が制作のきっかけとなったと言います。マリウポリに侵攻してきたロシア兵に向かって老婦人が「何をしにきたの!帰りなさい!」と食ってかかっていて、ロシア兵が口籠もっていると、老婦人が「あんたポケットにひまわりの種を入れときなさい。あんたが死んだら私がその花を眺めてやるから」ニュースで見た、その言葉にショックを受けて、この曲が誕生しました。「わたしは君を撃たないけれど  戦車の前に立ち塞がるでしょう ポケット一杯に花の種を詰めて 大きく両手を拡げて  わたしが撃たれても その後にわたしがつづくでしょう そしてその場所には きっと花が咲くでしょう 色とりどりに」と歌っています。「僕は音楽家なので、銃は撃たないと決めてるんですね。じゃあ、銃を撃たない僕が、どうやって大切な人を守れるんだろうって随分考えたんです。方法は一つしか思い浮かばなかったですね。それは“戦争を始めさせない”っていうことしかないと思うんです」と語り、音楽や言葉の力で思いを届けたいと話しました。

 さださんは「あと1マイル」「フレディもしくは三教街―ロシア租界にて―」「防人の詩」「戦友会」「前夜(桃花鳥)」など、折に触れて戦争に関する歌を書いてきました。しかし今回は、戦争を寓話的に歌うのではなく、我が事として歌っています。今、そこに銃口が見えています。「鷽替え」は、参加経験のある福岡太宰府天満宮の厄払い神事「鷽替え・鬼すべ」をテーマにした作品で気に入りました。「替えましょ、替えましょ」の優しいリフレインに、重く垂れ込めた空気が澄んでいくようです。実にさださんらしい曲です。知らずについた嘘を誠心に替え、悲しみを幸いに替えるという神事になぞらえてはいますが、この歌そのものが、コロナやウクライナの問題をすべて幸いに替えて欲しい。という叫びとなっています。そして、明るく希望に満ちた壮大なバラード「歌を歌おう」で締めくくります。これは、歌手のMISIA(ミーシャ)に贈っていた歌です。 一方、それらの合間に、自身の過去と未来に思いをはせた「詩人」「偶成」「OLD ROSE」という3曲を配置しました。 「10月でデビュー50周年を迎えるのですが、いつまで歌っているのだろう? 70歳で現役で突っ走れる人はひと握り。その中に入りたい。もうちょっとやりたいんだという意思表示」と説明します。 しかし、「歌が多くの人に届かない時代になった」とため息もつきます。さらに「僕ね、いまの子供たちに響くとは思わないです、僕の歌が」とも。 では、なぜ歌を作り、歌い続けたいのか? 「歌という石を置き続けなくてはならないからだ」と答えます。 「いま受けなくても良い。僕がいなくなった後、誰かが、こんな歌があったのか、こんな思いがあったのかと発見し、歌ってくれたら。僕の歌は、そのための標石。未来へ向かってさおを投げるようにして歌を作っているのです」

さだ・まさし 昭和27年生まれ、長崎市出身。昭和48年、フォークデュオ、グレープの一員でデビュー。51年からソロ活動。「関白宣言」「北の国から」などヒット曲多数。小説家としても「解夏(げげ)」「風に立つライオン」などを発表。近年は俳優としてテレビドラマでも活躍。平成27年には「風に立つライオン基金」を設立し、被災地支援事業などを行っています。 

 朝ドラに出演したと思ったら、今度はドラマで7月10日夜10時スタートの「石子と羽男」で法律事務所の所長役で、有村架純さんの父親役です。八面六臂の活躍です。負けてはおられません。 ♥♥♥

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