人のどこを見るか?

 京都には「京都市ベンチャー企業目利き委員会」というものがあります。二代目委員長の堀場雅夫さん(堀場製作所)がお亡くなりになった後、永守重信さんが委員長に就任されました。ベンチャーというのはお金がないので、この「目利き委員会」で、A,B,Cとランクをつけて、Aをもらうと銀行の融資が受けやすくなるのです。この委員会では、多くの委員が「これはどういう理屈で、こういう製品を作っているのか?今後のマーケットはどうだ?」といった、製品・サービスのことばかり聞いている中で、永守さんはそういったことは一切聞かれませんでした。永守さんはたいてい「あなたは何時に会社に来ているか?それで何時に帰るのか?土曜日に何をしているか?」だけで、その答えいかんによって、「これはAだ」と答えるようにしておられました。委員の中には、「そんな質問だけで、Aをつけるなんて!」と呆れる人もいましたが、その後、京都市の副市長さんが来て、「永守さんは本業のことは何もお聞きになりませんでしたが、結局永守さんがAを付けられたところは全部残っています」と教えて下さったそうです。ある会社に対して他の委員は、「いや、この会社はAランクとは違いますよ」と散々反対しましたが、永守さんは「いや、あれはAだ。あれをBとかCにするんだったら、私は委員を辞める」とゴリ押ししたこともありました。その会社はどうなったかというと、案の定、売り上げ500億円くらいまで一気に成長していきました。なぜ永守さんがAランクにしたかというと、彼らが恐ろしいくらいに働いていたからでした。睡眠時間を最小限にするだけでなく、風呂に入る時間も惜しんで働いていると聞いたのでAランクにしたのです。わずか10分や15分の審査時間で、技術の話を聞くよりも、そうした勘所を押さえたほうが、よほど正しい判断ができるというのが永守さんの考えです。

 永守さんの理屈はこうです。そもそもベンチャー企業はそんなに大した技術は持っていません。武器に喩えるなら弾が一発だけ入っている小さなピストル程度です。それに比べて、大会社というのは機関銃で撃ちまくっています。だから、技術の素晴らしさは関係ない。たまたま一発目の弾が当たったとしても、撃ったらおしまいです。もう弾はないのです。だから、一発目が当たったら次、次、次と、持続的にやれるかどうかだけの話なのです。

 今でこそ「日本電産」(現・ニデック)と言えば、小型モーターの世界では世界一の大会社です。しかし永守重信(ながもりしげのぶ)さんが1973年に同社を創業したときは、社員3人と自宅の納屋においてで細々としたものでした。翌1974年から新卒採用をスタートしますが、無名企業に人が集まるわけもなく大苦戦します。その後、少しずつ実績が出るとともに、採用試験にも学生が来るようにはなりますが、成績のいい優秀な人材は大手にばかり行ってしまいます。集まるのは一般的に見ると「二流」「三流」大学の学生ばかりでした。永守さんは「大手に勝つためには、成績順に採用するような同じことをしていてはダメだ。大手がやっていないことをしよう」と思い立ち、従来にはないユニークな採用方法を生み出して、光る原石を見つけようとしました。1976年に実施したのが、「大声試験」でした。応募してきた学生に1つの文章を順に読んでもらい、声の大きかった人から採用するというものでした。仕事ができる人は声が大きい、という永守さんのビジネスにおける経験則から、自信があるかどうかなどを注意深く観察しようとしたのです。「私が欲しいのは、玉露のかすよりも番茶の上等です」と。続いて、1978年に実施したのが「早飯試験」でした。応募してきた160人から面接で70人に絞り、何も知らせずに用意した弁当を食べてもらう。弁当はしっかり噛まないと飲み込めないおかずをたっぷりと詰めた特注品です。他社で行っているようなペーパーテストは一切廃止して、受験者の行動の仕方から、秘めたる能力を判定しようとした独特の入社試験でした。1980年には、試験会場に早く到着した人から順に採用するというユニークな試験を実施しています。社内の一定期間のデータを調べてみたら、出社時間の早い、遅いによって、前者の方が仕事の評価が高いことが分かったために、この基準を採用条件にしたと言います(私の長い経験でも、朝早く学校に来る先生は仕事のできる人が多いようです)。永守さんはよく「夜2時間遅くまで仕事をしている人より、朝30分早く会社に来る人を信用する」という話をされます。そのような行動をする人は、通勤の途中に不測の事態がありうるというリスクも計算に入れているからです。「心の中に種火を持っていて、自分で自分のやる気に火を付けられる人」を探そうとしました。他社で行っているようなペーパーテストは一切廃止して、受験者の行動の仕方から、能力を判定しようとした独特の入社試験でした。

■昭和51年  大声試験!
■昭和53年  早飯試験!
■昭和54年  便所掃除試験!
■昭和55年  早く試験場に来た人を採用!
■昭和56年  留年組ばかりの中から採用!

 大きく成長して有名になった日本電産(現・ニデック)は今では、高卒の人を採ることは少なくなりましたが、永守さんは以前は「採用するときは学校の成績とかそんなものは見なくていい。何を見るかわかるか。出席率を見ろ。学校を休んでいない人を採れ。高校生活3年間、全然休んでいないやつを採ってみろ。勉強とかそんなものは関係ない」と言ったら、見事にいい人が入って来てくれたといいます。他の会社では、成績がAの人とか、非常に好感の持てる青年を採っていたようですが、そうした人の多くは敵前逃亡、逃げていってしまったそうですよ。成長する企業を見極める最も基本的な方法は、経営者と社員の働き方を見ること。そこに評価の勘所がある、というのが永守さんの一貫した考えでした。♥♥♥

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