
▲尊敬する水戸岡鋭治先生
日本の鉄道デザインに一つの時代と、独自の世界観を構築してきたデザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生が、開設から50余年を経た「ドーンデザイン研究所」を近いうちに解散して、第一線の活動から退きたいと公言されました!驚きの発表です!事務所は50周年でひと区切りをつけ、これからは「稼ぎ仕事」ではなく、「務め仕事」をしている人々をサポートしたり、アシストする仕事をしたいと考えておられるそうです。その一つとして「小倉工場鉄道ランド」に出かけて(⇒私の紹介記事はコチラです)、来てくれた人たちとコミュニケーションをとりたいと思っています。原画やデザイン展、これまでの講演会に用いてきた数々の資料もデータ化されているので、小倉のミュージアムだけでなく、別の場所に持って行って見ていただくことも難しくはないと思います。
JR九州をはじめ、数々の鉄道車両のデザインを手がけてこられたデザイナー/イラストレーター水戸岡鋭治先生の今までの仕事をまとめた“自伝”と明言される集大成の書籍『水戸岡鋭治 デザイン&イラスト図鑑』(玄光社、3,850円)が、この5月に発売されました。業界に革命をもたらした水戸岡先生の約3,000点にも及ぶ半世紀以上にもわたる創造の軌跡です。その幕を今、自らの手で引こうとしておられます(今度JR九州からデビューする新しい車両2つはどちらも水戸岡先生のものではありません。二人三脚の歩みがゴールを迎えようとしているのかもしれません)。私はまだまだ水戸岡デザインの驚くような列車を見たいと思っていますが。
水戸岡鋭治先生は、大阪のデザイン会社勤務などを経て、1972年に「ドーンデザイン研究所」を設立。「ホテル海の中道」のアートディレクションに関わったことが縁で、1988年に同ホテルにアクセスするJR九州のリゾート列車のデザインを担当しました。ここから鉄道車両デザインの世界に進出し、「つばめ787」「ソニック883」「ゆふいんの森」「かもめ」「或る列車」などの傑作を次々と世に送り出しておられます。その仕事は、船舶やバスなど鉄道以外の交通機関、さらに駅舎や店舗、ホテル、商業施設やリゾート施設に関わるデザインまで多岐にわたっています。
特徴的な「顔つき」や大胆なカラーリング、木材や本革などそれまで鉄道の世界ではタブーとされてきた素材の使用など、水戸岡先生は鉄道デザインに新風を巻き起こしました。その真髄は、細部まで詰められた内装デザインにあります。先生はこれを「非常識の常識化」と呼んでおられます。どんな座席に座って、どんな窓から景色を楽しみ、どんな食事を楽しみたいか、サービスも含めたトータルなコンセプトに基づいてデザインを構築しています。中でも「ななつ星in九州」に代表されるD&S(デザイン&ストーリー)列車は、使用する素材も吟味して施工には地元の職人を起用するなど、贅を尽くしたものになっています。新刊『グルメ&リゾート列車の旅パーフェクトガイド』(飛鳥出版、2023年7月)に「目指すは“日本中を走る観光列車”」という水戸岡先生のインタビュー記事で、そこら辺の意気込みが語られました。「乗り鉄」の私はそんな水戸岡デザインの列車や施設を今まで追いかけ続けてきました。
本書では6つの章を立て、カテゴリーごとに作品を掲載。冒頭にはイラスト入りの年表を入れ、水戸岡先生の仕事が時系列で把握できるようになっています。作品には「額縁」をつけてギャラリーを見て回るような趣向になっていますが、数を絞ってきれいに配置するのではなく、「図鑑」のコンセプトで可能な限りこれでもかというくらい多くの図版を詰め込んでいます。各イラストは、先生の頭の中にあるイメージを発注元に示すために描かれたもので、いわば言葉での説明を補うためのものです。それゆえ収録されているイラストには言葉での説明は一切ありません。見て感じてほしいという意を汲んでもらいたいのです。60年のキャリアで描き続けた細かな素材も合わせると、画像点数は3,000点近くに及びます。なぜこのような膨大なイラストを収録したのでしょうか?
そこには、「一つのモノを作るのに大量のデザイン画が必要であることを伝えたい」という強いメッセージが込められています。水戸岡先生の事務所では、鉄道車両や建築デザインでは不可欠とされる模型をあえて作らずに、イラストだけを使ってクライアントへの説明やプレゼンを行っています。単なる完成図だけでなく、それが利用されるシーンもビジュアル化するため、絵がたくさん必要になりますが、模型や映像で説明するよりもしっかりとイメージが伝わるとのこと。水戸岡先生の仕事は膨大なメモ書きとアイデアスケッチからスタートします。それをもとにブラッシュアップを重ねてデザインを固め、そこからデザイン画、イラストが描かれていきます。収録作品には、そうしたスケッチ類も一部含まれています。また、モノだけにとどまらない「提案」も多数行っており、本書にはまだ実現していない「ドリームプラン」も収録されています。
鉄道が好きなあらゆる世代の方々が読者ターゲットですが、特に車両デザインに興味を持ち始めたお子さんに見てほしい、と水戸岡先生は話しています。「僕の絵は説明のための絵だから」と文字情報を最小限に抑えたのも、「読んで理解する」のではなく、何度も見返して、そのたびに何かを感じて「発見」してほしいという思いからです。イラストは額縁に収められた形で掲載されています。この額縁も含めてデザインがされており、さまざまな形や装飾の額縁があるのに驚かされます。本一冊にまるごと水戸岡先生のこだわりが詰め込まれているのです。
今考えると気が遠くなるような仕事量で、思い出すだけでもぞっとすることがあります。死にそうになりながら描いていますからね。(水戸岡鋭治談)
水戸岡先生は、自身が直接関わって本を作るのはこれが最後とも話します。本書は文字通り、水戸岡先生とドーンデザイン研究所の50年に及ぶ制作活動の集大成であり、絵に込められた「デザインの心」を未来のデザイナーの卵たちに伝えていく魂の一冊となっています。♥♥♥
デザインとは何か。私は、人間の五感を引き寄せる“遊び”こそ、デザインの源泉だと思っています。デザイナーとクライアントによる“楽しさ”の追求と言っても良いでしょう。それも日本的な楽しさです。こうして生み出されるデザインは、やがて人々の“情緒”となり、“文化”として社会に共有されていくと考えます。(水戸岡談) ―橋本優子「水戸岡鋭治 創造の軌跡(前編)」『鉄道ジャーナル』10月号、2023年
私が“日本らしさ”、それも“楽しい・面白い日本らしさ”を追求し続け、結果的に“楽しい・面白い日本の鉄道デザイン”に行き着いたのは、自身が“日本のデザイナー”で“日本の家具屋”の出身、もっと言えば“日本の職人”の心意気を持っているからかも知れません。この3つが私のデザインのバックボーンです。(水戸岡談)―橋本優子「水戸岡鋭治 創造の軌跡(後編)」『鉄道ジャーナル』11月号、2023年

▲水戸岡鋭治デザイン「ぶんぶん堂」(大分)

▲水戸岡先生デザイン「ホテルブロッサム」(大分)「ななつ星」のデザインが随所に見られる!
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