原爆資料館~オバマ大統領の折り鶴

 広島平和記念資料館」、通称「原爆資料館」に現在入館者が殺到し、休日には2時間待ちの行列ができる事態となっています。「原爆資料館」の前には100メートルを超えるとみられる長い列ができていることもあるとか。原爆資料館の今年2月の入館者数はおよそ6万8,000人でしたが、10月には24万人近くにまで増えています。入館までの待ち時間は、平日では長い時で1時間、休日になると2時間を超えることもあるといいます。

 なぜ今、こんなにも入館者が殺到しているのでしょうか?やはり一番の理由は、「広島サミット」で、これまで以上に、平和記念資料館への関心が高まっています。5月に広島でG7サミットが開催された効果で、特に外国人の入館者が急増しているといいます。今年度の入館者数は10月末時点で約127万人で、昨年度の累計入館者数を超えました。チケットは現在、館内の窓口の対面販売のみですが、こうした混雑の緩和を図るために、早ければ来年の2月中旬からオンライン販売予約を始める予定です。他にも、開館時間を前後1時間ずつ延長して事前予約した人を受け入れる、来館者が増加する8月は収蔵品の一部を「国立広島原爆死没者追悼平和記念館」に移す、自動券売機の館内設置などを検討しているといいます。

 私は毎年広島を訪れる度に、この「原爆資料館」を訪れ、その足で「折り鶴タワー」へと向かいます。何度来ても、平和の希求の思いがこみ上げてくる展示に心を動かされます。


 今日は少し前のことになりますが、この「原爆資料館」オバマアメリカ大統領が訪ねたときの話題です。2016年5月27日、広島に4羽の折り鶴が舞い降りました。ピンクと青の2色。千代紙をつかい、丁寧に折られていました。これはアメリカのオバマ大統領が自ら折ったもので、「広島平和記念資料館」(原爆資料館)を訪門した際、そのうちの2羽を出迎えた小・中学生2人に手渡し、残りの2羽は、直筆のメッセージ「私たちは戦争の苦しみを経験しました。共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」に添えてそっーと置きました。私が訪ねた時には、原爆資料館」の地下の展示場に展示してありました。9月24日には「原爆資料館」の累計入館者数が7千万人に到達したようです。1955年に開館。毎年100万人以上が訪れています。昨年は過去最高の174万人が訪れています。

 この折り紙の購入先を聞いてもっと驚きました。なんと折り紙は100円均一の店で売っている商品だったのです。1セット24枚入りで、お値段は当然100円。つまりオバマ大統領の折り鶴は1羽4円ほどだったことになります。

 オバマ大統領は、なぜ広島で折り鶴を贈ったのか?アメリカで折り鶴は浸透しているのか?そのヒントが「SADAKO」というキーワードにありました。アメリカの学校における平和教育の場で使われている教科書のタイトルです。オバマ大統領が広島平和記念公園を後にする時に立ち寄った、「原爆の子の像」、そのモデル・佐々木禎子(さだこ)さんが、まさにSADAKOという教材になっていたのです。

 佐々木禎子さんは2歳の時に被爆。その後10年間元気に暮らしていましたが、12歳の時に突然白血病を発症しました。入院から亡くなるまでの8カ月あまりの間に、1500羽の鶴を折りました。借金のある親を気遣い、紙は薬の包装紙でした。当時高価だった痛み止めなども我慢していました。家族が自分の心配をしないよう自分が不治の病であることを「知らないふり」までしていました。禎子さんは鶴を折ることに集中することで、痛みや不安を紛らわせていたのかもしれません。禎子さんのそうした人を思いやる心が、平和の基本なのだと遺族は今も訴えています。

 オバマ大統領が原爆資料館で最も興味を持って眺めていた小さな鶴は、この禎子さんが折ったもの。禎子さんとは二歳違いの兄、雅弘さんはオバマ大統領が贈った鶴を見てこう話しました。アメリカの大統領として口には出せないけれど、そうしたすべての意味が鶴に込められている。当然謝罪の気持ちも、です」広島の平和記念公園に、いつでも何千、何万もの折り鶴が手向けられている、ある少女をモデルにした像があります。1958年の子供の日に建立された「原爆の子の像」です。この像の真下にある石碑には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」と刻まれています。♥♥♥

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