金魚すくいの法則

 「金魚すくいの法則」という耳慣れない言葉をはじめて目にしたのは、太田 肇『頑張ると迷惑な人』(新潮新書、2014年)でした。それって一体何だろう?と思いますよね。みなさん、金魚すくいをきっと一度や二度やったことがあるのではないかと思います。昔の縁日などでは、おなじみの光景ですね。さて、お金を払って、お店の人から紙が貼られたポイ(こう言うそうです)を受け取ります。素人は金魚を追い回し、すくおうとするのですが、金魚は逃げ回り、紙は簡単に破れて一匹もとれずに終了となります。しかし、金魚すくいの名人は、ある点が違っています。お金を払い、ポイを受け取り、それを水につけます。ここまでは一緒。そして違いは何かというと、決して金魚を追い回さないんだそうです。金魚を追いまわすのではなく、じっと待っていて金魚がポイに近づいてきたときに、ポイの上に乗ったところをスッとすくい上げるんだそうです。そうすることによって、紙は破れることなく、金魚をすくい上げることができる。違いは、金魚を追いかけ回すか、金魚がポイに近づいてくるのを待つかどうか!それによって金魚をすくえるか、すくえないかが変わってくるのです。まとめると、

●金魚すくいが「下手な人」
  →自らガツガツ金魚をすくいに行き、結果的にすくえない。

●金魚すくいが「上手な人」
  →金魚が来るまでじっと待つ。やって来たタイミングですくうから、上手くすくえる。

 さて、この「金魚すくいの法則」の意味するところがお分かりでしょうか?つまり、人をやる気にさせるのには、追い回してはいけないということです。具体的な例を見てみましょう。とある先生は、学生たちのことを思って、彼らに対して熱血指導をしていました。ゼミではたくさんの課題を与え、遅刻や早退、授業中の態度など、しっかりと学生たちを管理していました。そして先生が主導で、授業の計画を練り、社会見学などまで組んで学生たちをいろんな会社などに連れていったそうです。しかし、残念ながら学生たちの意欲は一向に上がりませんでした。しかも、ゼミの時間は、何となく重苦しい雰囲気が漂い、社会見学に連れて行っても学生たちにやる気がみられず、そんな学生を連れていくことが恥ずかしいとさえ思ったこともあるとか。そのような状況が続いたあるとき、先生は、思い切って学生たちに聞いてみました。「あまり楽しそうじゃないけど、どうしたら積極的になれる?」って!すると学生さんたちは、「自分たちが中心になってやってみたい」と言ったんだそうです。そのため、先生はあくまでサポート役、学生たちを主役にゼミのやり方に変えることに方向転換しました。そしてその際に、よほどのことがないかぎり単位と良い成績は保障したとか。それが功を奏して学生たちは俄然やる気になり、発表会などで大学関係者や企業の方から学生でここまでやるか、と驚かれるようなこともしばしばあったそうです。先生は学生たちのことを思って、熱血指導をしていました。しかし、それはかえって学生たちのやる気を奪っていたのでした。それはあたかも金魚を追い回してポイを破ってしまうようなものでした。しかし、学生たちの自主性に任せて、先生がサポート役にまわると、学生たちはがぜん、やる気を出して行動し、成果を収めることが出来たわけです。このように成績を上げさせようとしたり、成果を上げさせようとして親や教師、会社の上司が「やる気を出せ!」と迫っても、かえってやる気を削いでしまうことのほうが多いでしょう。決して金魚は追い回してはいけないのです。少年野球のコーチが、一生懸命指導すれば指導するほど、子ども達がやる気を失い、連敗を喫していたのですが、ある時、諦めて子ども達にいろいろ任せるようになったら連勝を繰り返すようになったという話も聞きます。管理をする立場の人の「やる気主義」がかえって、部下や子どものやる気を失わせていることがあります。学校の先生には、よくあることかもしれません。バカげた決まりごとが、いかに子どものやる気を奪っているかもしれないことに気がつくに違いありません。入れ込みすぎは禁物だというわけです。

 学校のPTA活動も、建前は強制参加ではないといいつつ、ほぼ強制参加の場合が多いものです。だから、やりたくありません。中には、強制されると意地でもやりたくない人もいるでしょう。じゃあ、自由参加にしてみる。すると、集まらないと思いきや、やりたい人が手を挙げたり、学校関係者ではなく地域ボランティアの方も参加できたりと、良い方向に向かうケースもあるんだとか。つまり強制という名目で狩りに行くよりも、募って待っていた方が、よい人材が集まってくるってことですかね。「金魚すくいの法則」でした。♥♥♥

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