「牢働」と「朗働」

 アメリカのある鉄道会社の男性の社長スティーブさんのお話です。前リッツ・カールトン日本支社長 だった高野登(たかののぼる)さんの『リッツ・カールトン「型」から入る仕事術』(中公新書ラクレ、2014年)で読みました。彼は10年前に、列車の枕木を修理する仕事をしていました。仕事は真夜中まで及ぶことも多く、また危険を伴うとてもハードな作業でしたが、彼は非常に熱心に仕事に取り組み、10年後には社長になることができました。そして、各現場を視察に行くことがあり、ある時たまたま彼が10年前に働いていた同じ職場に行く機会があったのです。するとそこには、当時一緒に働いていた仲間の一人がまだ同じ仕事をしているのを見つけました。彼は、スティーブを見かけると近づいてきて、「やあ、スティーブじゃないか!おまえ、すごいなあ、社長になったんだって?10年前は、ここで一緒に時給2ドルのために頑張ってたのになあ。すごい出世じゃないか!」と声をかけてきました。スティーブはこう言いました。「おお、なつかしいなあ。そうか、お前は時給2ドルのために働いていたのか。俺は当時から、この鉄道を使ってくれる人たちの安全と幸せを考えながら仕事をしていたんだ」このお話からみなさんは何を学びますか?

 スティーブの仲間は、10年前も今も、ただ時給を稼ぐために働いています。一方のスティーブは時給を稼ぐことではなく、「安全で快適な旅を、列車に乗って下さるお客様のまえに提供すること」に意識を集中させて働いていたのです。自分の仕事の意味を考えながら、その先に何が見えるのか?を意識しながら働いていたのです。どちらも枕木を修理するという行為には変わりはなくても、それが「作業」となるのか、それとも「仕事」となるのかの違いはここにありました。

 今度は、エジプトの話です。三人の人夫が重たい石を運んでいました。かなりの重労働です。そこに一人の旅人が通りかかり、一人目の人夫に尋ねました。「何をやってるの?」人夫は答えました。「ごらんの通り石を運んでいるんだ」(牢働)二人目の人夫に尋ねました。「何をやってるの?」――「あそこをごらん。何か建物がつくりかけてあるだろ。あのための石さ」(労働)三人目の人夫に尋ねました。「何をやっているの?」三人目の人夫は額の汗をぬぐいながら答えました。「自分はいまエジプトの文明を築く仕事をしている最中です」(朗働)三人目の人夫には明らかにビジョンがあり、理念があり、使命感に燃えていました。この三人のうちで誰が一番良い仕事をするでしょうか?私が講演会などでよく話題にする、「牢働」「労働」「朗働」の分かりやすい具体例として挙げてみました。

 仕事には、「牢働」「労働」「朗働」(ロウドウ)の三つがあるといいます(労働三態)。「牢働」とは、牢獄の中で手足を鎖でつながれ、ムチで容赦なく叩かれながら嫌々酷使されることです。3K的な苦役で、働く喜びよりも苦しみの方が強い仕事です。辛くて苦しいばかりの毎日です。これに対して「労働」は、苦役と言うほどではないけれども、やっていて楽しいとか、ワクワクするわけでもありません。肉体的にはきつくても、精神的にはほどほどにやり甲斐のある仕事です。普通の「労働」ですね。実はこの二つの他に、「朗働」という働き方があります。仕事に面白さや遊びを実感して、朗らかな気持ちで毎日仕事に励んでいるのです。そこには「ワクワク感」が存在していますね。「労働」「楽しさ」「満足感」が加わったものです。さて、みなさんの仕事はどれに相当しますか?地獄のような「牢働」ですか。それとも毎日が楽しくて楽しくてしょうがない「朗働」ですか?これといって何の変哲もない淡々とした「労働」でしょうか?

 そもそも、人はどんな時に仕事が楽しいと喜びを感じるのでしょうか?それは、仕事を通じて自分を磨き、高められるという期待・実感が抱ける時。会社が成長し、それに呼応して自分の給料も上がっていく。自分のやったことで、周りの人も喜んでくれ、知名度も上がり、家族も喜びを感じる。人生の目標が自分自身にはっきりと見え、仕事を通じて、誇りや、感謝の気持ちが芽生えた時。こうした物心両面の「得」があって初めて、その社員にとって毎日の仕事が「朗働」となり得えます。リーダーは、社員にこうした「朗働」の場と機会を提供することこそが仕事なのです。では、「牢働」「労働」「朗働」に変えるためには何が必要でしょうか?次のような条件が満たされないと、うまくいかないでしょうね。

①職場を好きになる。 ②上司や同僚や部下に好意を持つ ③仕事の価値を認める ④仕事に改善と変化を求める ⑤人から感謝される ⑥何よりも自分が健康である

 教員は毎日一生懸命に教えているのですが、生徒から感謝されることなど全く期待してはいません。なのに生徒が強い興味と関心を示してくれ、「もっとお話をお聞きしたい」「先生のおかげで英語が好きになりました」などと言われれば、これほど教師冥利に尽きることはありません。そこから、人生をより豊かにする「よい人間関係」が生まれます。指導した生徒たちから、ありがたい言葉をよくいただきました。私にとって英語教師の仕事は間違いなく「朗働」ですね。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す