さださんの「凛憧(りんどう)」

 秋のこの時期になると私が思わず口ずさんでしまう歌に、大好きなさだまさしさんの切ないバラード曲凛憧」(りんどう)があります。アルバム『風待通りの人々』(1988年)の中にひっそりと収められた一曲で、コンサートでもほとんど披露されることもなく、よほどのマニアくらいしか知らない曲です。さださんの今は亡き父・佐田雅人(さだまさと)さんと、妹の佐田玲子(さだれいこ)さんをモデルにしています。

     凛憧
              作詩・作曲 さだまさし
父と共に 城跡から見おろす
夕焼けが好きだった
息を切らす 肩に置かれた
手の体温(ぬくもり)はもっと好きだった
ある日 父が いつもの気まぐれに
僕を抱きしめたりしたが
そのままじっと 声も立てず
静かに泣いたことがあった

その朧気(おぼろげ)な 記憶がいつか
重さを増すと 知るはずもなく
幼い僕は 何か恥ずかしく
崖の淵に咲いた
薄紫の花を じっとみつめていた
早咲きのりんどうと
それは あとで 知った

僕が父の 涙を見たのは
その一度きりだった
祖母を送り 友を送り
その時にも 涙は見せなかった
あれ程に 可愛がった妹が
嫁ぐと決めた日も
ただ おだやかな 父の姿に
僕はふと あの日を思い出した

父といえど 男といえど
時の はざまに 落ちる刻(とき)がある
今となれば わかることがあり
そっと 胸が つまる
花嫁の父が今 少し照れた背中で
娘から花束を 贈られているところ
薄紫の花が じっと見つめていた
遅咲きのりんどうと
それは すぐに わかった

 通常、植物の「りんどう」は漢字で「竜胆」と表記されますが、さださんはあて字で「凛憧」と綴りました。凛とした 憧憬(父に対する)の花だと、タイトルに込められた気持ちを私は勝手に理解をしています。

りんどう 「りんどう」(通称autumn bell-flower)は長寿の花として有名な花で、私も風にそよぐ薄紫の花が大好きです。秋空に映える青紫色の花は、野趣・美しさ・かわいらしさなどを兼ね備えた日本人の心に響き、古くから親しまれてきた野草とも言えると思います。りんどう(竜胆)の花言葉は、「悲しんでいるあなたを愛する」というものです。群生をせず、一本ずつ咲く姿からつけられた花言葉です。また別の花言葉では、「誠実」「正義」「寛容な心」もあります。りんどうの根から「りんどうこん」という胃薬がとれるのですが、これが漢方薬として有名な「熊胆」と同じくらい苦く、これに匹敵するのは竜のキモくらいしかないんじゃないか、ということで「竜胆」、なまって「りんどう」と呼ばれるようになりました。

 感動的なエピソードがあります。この曲を作った前日に、さださんを「息子」のように可愛がってくださった文芸評論家の山本健吉(やまもとけんきち)先生がお亡くなりになりました。名曲「防人の歌」(さきもりのうた)を出した時に、戦争賛美!」「右翼!」「好戦的!」と、音楽評論家たちからこっぴどくバッシングを受けていたさださんを、擁護してくださったのが山本健吉先生でした。そのときの詳しい様子はこのブログにも紹介しました(⇒コチラをお読み下さい)。 翌日、お宅に弔問に訪れたさださんは、あまりに突然のことでまだ実感がわきません。当時アルバムの曲作りの追い込みに入っていたさださんは、あまりのショックに茫然自失とし、散漫になり明け方近くまで何もできずにいました。仕方なくもう寝ようと思ったその矢先に、不意に口をついて出てきたのが、このメロディーだったのです。何か山本先生からのプレゼントでできた曲のような気がする、とさださんは回想しておられました(「ライナーノーツ」による)。私は二番の歌詞がとっても好きです(前半は実話。結婚シーンは創作)。昔のさださんの曲の中には、こういう心を揺さぶる名曲がゴロゴロと転がっています。

 さて、さださんが参考にしたであろう北原白秋(きたはらはくしゅう)の歌集『桐の花』哀傷終篇の中に、こんな句がありました。

  《 男なきに 泣かむとすれば 竜胆が わが足もとに 光りて居たり 

さださんは、間違いなくこの句をイメージして、お父さんとの思い出を〈詩〉にしたのでしょう。かつてさださんの作った曲のタイトルが「桐の花」(1985)でしたからね。決して涙を見せることのなかった父親が、一度だけ泣いた。その辛さを、一度だけ、息子の前にさらけ出してみせた。その姿を凛憧(りんどう)の花に重ねたのでしょう。たや、北原白秋が、どんな思いでこの句を読んだかは、私には分かりません。隣家に住む松下俊子という女性と恋仲になりますが(1人目の妻)、俊子は夫と別居中の人妻であり、2人の関係が夫にバレたことで白秋は姦通罪で夫から訴えられてしまいます。当時の不倫は今よりも重罪だったため、これにより白秋は2週間の投獄生活を余儀なくされました。弟の尽力により和解が成立はしたものの、それまでの白秋の人気は地に落ち、以降の作風に大きな影響を与えたと言われています。俊子とのスキャンダルで歌壇での評価が、地にまで落ちた時のことであったのかもしれないし、事実、三崎に引っ越した時にはかなりのノイローゼ状態で、自殺未遂も起こしています。涙した時に、そこに竜胆」の花が咲いていたのでしょう。さださんの詩が人々の心を打つのはこうした数多くの文学作品が根底にあり、それを咀嚼した世界が限りなく広がっているからだと思います。名曲です。ぜひ聞いてみて下さい。♥♥♥

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