×応援よろしくお願いします

 松江北高では、県総体の本番前日には、授業を1時間カットして、体育館に全校生徒を集めて「総体激励集会」が行われます。県総体に参加する全ての部員が体育館の壇上に上がり、各部のキャプテンが意気込み・決意を語ります。私が赴任した頃は、どの部もどの部も「○○日に○○会場で○○競技が行われます。練習の成果を十分に発揮して頑張ってきます。応援よろしくお願いします「○○日に○○会場で○○競技が行われます。一年間の練習の成果を十分に発揮して頑張ってきます。応援よろしくお願いしますの繰り返しばかりで全然面白くない!こんな紋切り型の同じ言葉を二十近くの部活動がやるのですから、聞かされる方はたまったもんじゃありません!総務部長を務めていた私は、職員会議で「紋切り型の挨拶ではなく、もっと部員たちの総体にかける思い、意気込み、今までの苦労や辛さを語って全校生にアピールを!」と提案して、皆さんの賛同を得て、そのような形でキャプテンたちが応えてくれ、会場が盛り上がって嬉しかったのを覚えています。

 私はこの「応援よろしくお願いします。」という言葉が大嫌いです(せめて「ご声援、よろしくお願いします」くらい言えないのか?もう一つ嫌いなのが「見る人に元気と勇気と感動を与えたい」という言葉です。⇒コチラに詳しく解説)。着任の際に発する「指導、よろしくお願いします」と同様に違和感があります。聞く度にイヤな気分になります。プロ野球中継のヒーローインタビューなどで、いつも最後は「応援よろしくお願いします!」です。それしか言えないのかと思うほど、どの選手もどの選手も「応援よろしくお願いします」です。オウムじゃあるまいし、他の言葉を知らないのかと言いたくなります。誰かが言った言葉を、中身も考えないでただ繰り返している語彙の貧困です。腹立たしささえ覚えます。応援するかどうかを決めるのは周りです。まず自分ができることを頑張る、それを見た周りの人が、何か感じてくれたら評価したり付いてきてくださるのです。かつて数々のメジャー記録を樹立したあのイチロー選手は、マイアミ・マーリンズの入団記者会見(2015年1月)で「ファンに向けてメッセージを」と振られ、こんな言葉を口にしました。

新しい場所に行って、新しいユニフォームを着てプレーすることに決まりましたが、『これからも応援よろしくお願いします』……とは僕は絶対に言いません。

思わず私は拍手を送りたくなりました。イチロー選手も、この言葉にはひどく抵抗感があったようです。この言葉を口にした後、ワンテンポ置いてから、「とは絶対に言いません」と強調していました。言葉は悪いですが「バカの一つ覚え」のようなフレーズは使いたくない、という強い意志やこだわりが感じられました。「応援していただけるような選手であるために、自分がやらなければいけないことを続けていく、ということをお約束して、それをメッセージとさせていただいてもよろしいでしょうか。」 彼は言葉を慎重に選ぶように、そう結びました。「自分は他の選手とは違うよ」という彼なりのプライドの表れとも聞こえました。いかにもイチロー選手らしい物の言い方です。私自身は、いまだにイチロー選手はどうしても好きになれないでいますが、この時ばかりは拍手喝采を送っていました。

 あの故・野村克也(のむらかつや)さんが、天才野球選手「イチロー」を取り上げたことがありました。『野村のイチロー論』(幻冬舎、2018年1月)です。私は野村さんを単なる野球選手としてではなく、人間的に尊敬しています。何よりも、あの野村監督イチローについてどのように分析し、どんな視点で何を語るのか楽しみで仕方ありませんでした。 イチローの強さの秘密や考え方にとどまらず、組織における在り方など、野村監督の思いがぎっしりと詰まった一冊です。業界は違えど、自分自身この本から学ぶべきことがたくさんありました。タイトルは「イチロー論」とはなっていますが、組織論や一流選手が共通して持っている思考も載っていますから、ビジネス書としても意義のある一冊だと思いますよ。

 私は、イチロー選手の数々の記録のすごさには驚嘆しますが、人間的に尊敬はしていません。大リーグに行った時から、マスコミのインタビューにも不遜な態度しか見せませんでした。「どうせ、お前らに言っても分かりっこないだろ」という本音が見え見えでした。そして自分の成績さえよければ後のことはどうでもいい、という自分本位の態度が見え隠れしていました。ここら辺がヤンキースに行った元・巨人の松井秀喜(まついひでき)選手との大きな違いでした。彼は巨人時代も、大リーグに行ってからも、いつでも丁寧に真摯にマスコミの取材に対応していました。やはり巨人時代にきちんと教育を受けていたのです。野村監督は、そこら辺の事情を、甘やかされて育った豪放磊落な仰木監督近鉄時代に求めておられます。「打てばいいのだろう、抑えればいいのだろう」という個人記録優先主義のチームの出身という点に、その原因を求めておられました。聞くところによれば、当時からイチロ-選手はチーム内で特別扱いを許されており、移動もホテルも他の選手とは別々だったそうです。他の選手たちはこれをどう見ていたのでしょうか?あれだけの大記録を樹立していながら、彼が大リーグのチーム内で「浮いていた」と報道されるのは、こういう人間性に原因があるのでしょうね。野村監督イチローを人間的に信用しない例として、よく引き合いに出されるのが次の有名な話です。♥♥♥

 こんなことがあった、ヤクルトの監督時代、オールスター中の出来事だ。たしか東京から富山へ飛行機で移動する時だったと思う。飛行機になる際、いつも私はいちばん前の座席を確保してもらうようにしていたのだが、そのときは二列目だった。「どうして一列目じゃないんだ?」マネージャーに訊ねると、「取れなかったんです」との答え。「誰かVIPが来るんじゃないんですかね」ところが、待てど暮らせどその乗客がやってこない。ほかの乗客(もちろん、一般の人も乗っている)は全員席につき、あとは離陸を待つだけという時間になって、ようやくその客が姿を現した。「まったく迷惑な客だなあ。いったい、どんなやつなんだ?」そう思って顔を見ると、イチローだった。私の顔に気づいたようだが、知らん顔で会釈すらしない。「何か彼の気に障ることを言ったことがあったかな」と考えても、特段思い当たらない。もしかしたら、日本シリーズのときに私がしきりに挑発したことを快く思っていなかったのかもしれない。だとしても、おとなが、親といっていいほど年上の、しかも野球界の先輩にとるべき態度ではないだろう。

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す