時間をまとめる

 尊敬する故・竹内 均先生(たけうちひとし、東京大学名誉教授)は、「時間の断片」をうまく利用して、月に300枚もの原稿のノルマを達成しておられました。そして、その結果が三百数十冊に及ぶ著書なのです。先生は常に約100のテーマを常時持っておられ、その一つ一つのテーマは100の「断片」に小分けしておられました。100のテーマの中のあるテーマ、それをさらに細かく分けた100の「断片」の中のある一つの「断片」を原稿にしておられたのです。「断片」一つを考えて原稿にするのに必要な時間は、先生にはだいたい15分。だから、15分で400字詰原稿用紙に三枚くらいの原稿を書かれるのでした。つまり、「400字詰原稿用紙三枚・15分」というのが先生の仕事の単位だったのでした。

 15分という時間(ユニット)は「端数」みたいなもので、一日の中で結構ころがっているものです。これが一時間、二時間という単位で、毎日時間を空けようとすると大変なことになりますが、15分であればそれほどの努力は要りません。非常に取り扱いやすい時間なのです。どんな忙しい人でも「15分」という時間なら取れるものです。何かの都合で15分の時間が空いた時、「これは神様の配慮で15分が使えるのだ」と思うことにしておられました。そして100のテーマの中から、今一番興味のあるテーマを選んで、この15分間で一つの「断片」を原稿にしてしまう。この時に大事なのは400字三枚の「断片」のみに集中することです。テーマのことだとか全体のつながりのようなことは一切何も考えずに、今取り組んでいる「断片」のことだけに集中するのです。このやり方だと、電話の合間にとか、来客の合間を縫って「執筆」がどんどん進んでいきます。この短い空き時間で、小さな仕事をまとめ、それをどんどん積み重ねていけばいいのです。このような時間の使い方を、先生は一体どのようにして身につけられたのでしょうか?

 竹内先生は、東京大学の特別大学院に五年間通われて、その後助教授になられましたが、実はその頃から受験生向けの参考書を書いておられました。『物理の傾向と対策』(旺文社)という本です。毎年改訂版を出版するので、その都度書き直しをしなければなりませんでした。よく売れたので家計は潤いましたが、まとまった時間がなかったので、必然的に15分の積み重ねが重要になったのでした。こうやって受験参考書を書いたり、ラジオの大学受験講座を受け持ったりしてきました。この収入は大学の給料よりもはるかに大きなもので、こういうアルバイトから上がってくるお金で秘書を雇うことができ、効率的に仕事を進めることができたのでした。こうして大学とはあまり関係のない副業に専念していると、他の先生方から大学内でやっかみを受けます。東京大学は保守的でネクラなところがあり、受験参考書を書いてお金を稼いでいるということで、先生のことをとやかく言う人もいました。「あいつは何も勉強しないで、アルバイトばかりしている」。教授昇格の際も、問題視されたようです。しかし多くの先生方は味方をしてくださいました。「竹内君は人が家に帰ってゴロ寝をしている時に受験参考書を書いた。それを書いていても、彼のやった研究は優れているではないか。だから、受験参考書を書いていることは問題にならない」こういう意見が通って、先生は教授に昇任されました。やはり本業は絶対に疎かにしてはならない、と心に固く決められたのです。金儲けに精を出し過ぎて本業を忘れると、足を引っ張られるいい口実になるからです。そうして雑音を排除し、閉鎖的な大学内で自分の個性を伸ばしていくためには、人に一切文句を言われないような業績を積み上げるしかない、と固く決意されたのでした。

 「やりたいことがあるんだけど、それに取り組むまとまった時間がなかなかとれなくて……」と嘆いている人がよくいますね。誰だってそう簡単にまとまった時間なんてとれはしません。サラリーマンであれば、一日最低8時間は仕事をしなくてはならないし、そこに通勤時間や食事、睡眠などの時間を加えたら、「まとまった時間」をとるのは至難の技でしょう。しかし、そんなことを言っていたら何も始まりません。「まとまった時間」を探すのではなく、「時間をまとめる」のです。「時間」というのは「モノ」ではないから、「時間」そのものをまとめることはできません。しかし、私達が欲しいのは「時間」ではなく、「時間を使って何かをやりたい」のです。そうであるなら、端切れの時間を活用して「やりたいこと」を少しずつ溜めて、まとめたら「やりたいこと」が完成するというやり方だってあるのではないでしょうか。「やりたいけど時間がなくて……」という台詞は、「やりたくなくて……」と言っているように聞こえてなりません。よく聞く「時間がない」は仕事逃れの口実に過ぎないのです。

 イギリスの作家・アーノルド・ベネットは、『自分の時間』(渡部昇一訳、三笠書房)の中で、時間の使い方を旅行で使うトランクに喩えて、興味ある論を展開しています。旅行に出かける時にカバンに荷を詰め込む場合のように、初めから真ん中に物を投げ込まないで、四隅とわきの方に隙間を作らないように詰めて、真ん中へは最後に詰めることだと言います。もし四隅の時間を無駄なく使うことができれば、あなたも1日を二倍に使うことができるだろう、と述べています。その日にすべき大きな仕事に気を取られて、仕事と仕事の合間にあるコマ切れ時間の存在を忘れがちです。仕事の合間の時間を埋めないで、大きな仕事だけに気を取られていることを、ベネット「トランクの真ん中から荷物を詰める」と喩えているのです。1日のうちに必ずあるコマ切れの時間(=トランクの四隅)をうまく埋めていく努力をすれば、時間は二倍に使えることになるのです。ただし、このようなコマ切れ時間をうまく活用するためには、コマ切れの時間でできるような仕事をいつも身の回りに携えておくことが肝心です。仕事の空き時間というものは急にやってくることが多いので、カバンなどにいつもするべき仕事や読むべき本・雑誌などを常に携えておくことが、時間の有効活用につながっていくのです。私はそんな心構えで1日1日を過ごしてきました。行き帰りの電車の通勤時間も同様です。

 100冊の本を書くとしましょう。まず1ページ目から書き始めて、2ページ、3ページ…と書き進め、300ページまで書いて一冊目は終わり。次に二冊目の1ページから……。こういう「書き方」を竹内先生はしておられませんでした。だいたい「本を書くときは1ページ目から順々にやらなければならない」という決まりはありません。ましてやこういうやり方には致命的な欠点があります。それは一箇所で行き詰まると仕事全体が行き詰まってしまうことです。つまり、その時に「一つの流れ」の仕事しかしていないから、その一部が行き詰まったら仕事全部がお手上げになってしまうのです。先生は一度に100くらいのテーマを追いかけておられましたから、100のうち30が行き詰まっても、まだ70が残っています。行き詰まったものはひとまず棚上げして時間を置いておき、違うテーマに取りかかればいいのです。こうしてあるテーマ毎に100の「断片」が蓄積されれば、一冊の本の素材が揃ったことになりますね。400字詰原稿用紙三枚の「断片」が100個で300枚になる。これだけの量があれば、一冊の本を作るのには十分な量です。後は「断片」を「編集」するだけです。テーマを人に分かってもらえるように「断片」をアレンジしていくのです。並べ方を考えたり、「断片」と「断片」をつなぐ文章を入れたりするのです。この「編集」作業は、「思考力」を鍛えるのにはまさに格好の作業です。一冊まとめるのに、一週間もあれば十分でした。この「編集」作業の際、便利なのがパソコンです(当時はワープロでした)。「断片」を作ったらどんどんパソコンに放りこんでおきます。「編集」をする時、それを取り出して並べ替えればいいだけのことです。切ったり貼ったりするのに、はさみも糊も要りません。「糊付け」のとき、付け加えたり削ったりするのも楽です。とにかく100の「断片」が溜まったら、本にまとめていくのです。こういうやり方で、先生は効率的に本を書いておられました。

 故・竹内 均(たけうち ひとし)先生から教えてもらった貴重なことの一つが、この「15分活用法」でした。チョットした「スキマ時間」を上手に使うことで、結構なことができる、ということを竹内先生は自らの行動で実践しておられました。東京大学の地球物理学の教授、科学雑誌『ニュートン』の編集長、代々木ゼミナールの校長(札幌校、仙台校、大阪校)、休日は全国を講演に飛び歩かれる中で、TV番組やCM(メガネの三城)にも出演、さらにはあれだけの膨大な論文・著作(300冊以上)を残されるには、皆に平等に与えられているはずの24時間を上手に使うしかなかったのでしょう。竹内先生は夜9時に寝て、朝4時に起きて勉強する、というスタイルを終生貫き通されました。そして、それを支えたのは先生の奥様でした。研究に講演会にTV出演にと多忙な先生のために、毎朝4時に起床し朝御飯を作り続けられたそうです。さすがに、先生も夫人には頭が上がらなかったようです。

 私は「スキマ時間」に、新聞をカード・ノートに貼り付けたり、読書、教材の活字化、メール、などを手際よくこなしています。先生、忙しいのに、よくこれだけ毎日のようにブログの更新ができますね」と言って頂く先生が結構おられるんですが、実は、チョット暇のある時間を利用しては、現在約4年先(!)の記事まで作ってあります。そしてタイムリーな話題を時々はさんでいるだけなんです。私のよく言う、「先へ、先へ、前へ、前へ」の精神です。私は朝6時半に松江北高に登校して、始業時の8時過ぎまでの2時間あまりを、今日の授業の準備やら、添削の用意、指導資料の作成、質問にやってくる生徒への対応、などに充てていました。どうせ家にいても大したことはできないので、それなら少しでも朝の時間を有効に活用するためにと、このようなことを長年続けていました。先人の言う「チリも積もれば山となる」ですね。チョットしたことでも、長年続けていれば大きな成果が得られるものです。

 竹内先生の本はどれも勉強になりますが、1冊だけと言われれば、『勉強術・仕事術 私の方法』(知的生き方文庫)をお薦めしておきます。「頭をよくする特効薬」「忙しい人の時間の有効な使い方」「頭を鍛える本の読み方」「頭の疲れをとる3つの方法」など、具体例をふんだんに交えながら、分かりやすく書いてありますよ。竹内先生には本当に多くのことを教えてもらいました。感謝、感謝あるのみです。

 よく「時間が無い…」「忙しくてできない…」「時間が足りない…」「まとまった時間が取れない」と、グチをこぼす人がいます。上の竹内先生の生き方・時間の使い方を参考にされるといいと思います。ミスター講道館」と言われた日本柔道の創始者・オリンピック競技の功労者でもあった嘉納治五郎(かのうじごろう)先生は、学生たちに対して常にこんなたとえ話をしておられたそうです。時間は工夫して作るもの」という教えですね。♥♥♥

 よく時間がない、時間が足りぬとかこつける人があるが、時間というものは、たとえば泉の水のように、いくらでも出て来るものである。たとえばここに一升枡があるとして、その中に粟を一升入れたら、もう何も入らないかといえば、決してそうでなく、その粟の間に豆粒を入れれば、まだ大分入るわけだ。もうそれで入らないかといえば、その間に粟粒を入れたらまだ相当入る。それに水を入れたらまだまだ入るだろう。そのように時間の活用には、上には上があるもので、それをもっとも有効に利用したものに、もっとも立派な仕事ができるものだ。

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