「黒い呪術師」と呼ばれたアブドーラ・ザ・ブッチャーという人気凶悪レスラーがいました。隠し持ったフォークや五寸釘で相手をめったづきして血の海に沈める、空手の地獄突きから、全体重を乗せたエルボードロップで相手をKOする巨漢ヒールでした(故・ジャイアント馬場さんも、あれを食らったら息ができない、とおっしゃっておられました)。試合の途中で、彼が空手の「決めポーズ」を出すと会場全体がどっと沸いて大盛り上がりです。出生時は4ポンド(約1800グラム)にも満たない小さな新生児だったと言いますから、分からないものです。両親と男女8人の兄弟姉妹に囲まれ、幼少期は貧しいながらも幸せな家庭で育ちました。ほどなくして家計を助けるために廃品リサイクル、新聞売り、靴磨き等の小遣い稼ぎを経ながら、幼い頃から独自のビジネス感覚を習得してゆきます。先日たまたま、テレビ朝日2「ワールドプロレスリング 俺の激闘」という番組を見ていましたら、偶然ブッチャーの大特集をやっていて、蝶野正洋がブッチャーにインタビューをしていました。これが実に面白い。中でも、家計を助けるために路上で新聞売りをしていたエピソードが印象的でした。
ブッチャーが12歳の時、父母の家計を助けるために、新聞売りを路上で行っていました。彼は新聞を手に持ち泣いているのです。すると道行く人が「ぼうや、どうしたの?」と尋ねてきます。「この新聞が売れないと家に帰れない」と訴えます。すると新聞を買ってくれただけでなく、余分にお金を渡してくれたと言います。こうやって彼は新聞を巧みに売っていたのです。そしてまた別の道に行って同じことを繰り返す。ある時、この作戦で新聞を売っていたところ、偶然父親が通りかかり、大人が自分の息子を泣かせていると勘違いした父は、その通行人に怒ります。家に連れ帰られたブッチャー少年は、事情を話して許しを乞います。もう二度とこんな真似はするなと父親と約束したものの、二週間後にはまた同じことを路上でやっていたと言います。もうこの少年時代から、彼は「人と違うこと」をやってお金もうけをすることを覚えていたのでした。ブッチャー少年の「金儲け」の原点は「人と違うことをやる」でした。ある日たまたま、プロレス興行を見に行き、「自分もプロレスで稼げるのではないか」と考えるようになりました。そしてこの世界に入り、「人とは違う」何かを考案しては、観客を喜ばせるエンターテイナーとして活躍するのでした。フォークも五寸釘も、観客を喜ばせるためのギミックだったということです。
私は生徒たちにも、「人とは違うことをやれ!」とよく話します。かつて島根県・出雲市を「日本一の都市」に導いた故・岩國哲人(いわくにてつんど)出雲市長が、市職員に仕事の心構えとして徹底していたことは、①人より早く、②人より多く、そのどちらもできないときには、③人と違ったやり方で、の三つでした。人と同じことをしていても、進歩はありません。人がやらないこと、人とは違う手法で新たなことに挑戦したいものです。最近の若い先生方を見ていて不満に思うことは、言われたことしかしない(言われたことすらしない人も)、今まで通りのことしかしない、自分で工夫して誰も気がつかない観点から取り組むことがない、でしょうか。自分独自の手法で、新しい見方を吹き込めば、斬新なものができると思うんですが。松江北高で目にするさまざまな資料を見ていても、十数年前と同じものしか出てきません。伝統を守ることも大事ですが、新しいチャレンジもそれ以上に大切です。やらない理由は簡単。前と同じことをやるのが一番手間もかからず簡単だからです。私は岩國さんに倣い、教科であれ、校務分掌であれ、人が作らない資料を、手間暇をかけて自分で工夫しながら今までやってきました。あの故・松下幸之助さんの側近中の側近であった江口克彦(えぐちかつひこ)さんは、それを「プラスアルファの仕事」と呼んで、同じ単純な仕事でも、平凡な仕事でも「自分の仕事」にしていくことが大切だと述べておられます。
「プラスアルファの仕事」をすれば、「与えられた仕事」が「自分の仕事」になります。
「与えられた仕事」は、必ずつまらなくなるものですが、「自分の仕事」となれば、これ
ほど楽しいことはありません。
与えられた仕事に、自分の工夫を加える。
プラスアルファで、自分なりの仕事の仕方を考え、上司に言われた以上の成果を出して
いく。これは、将来あなたが「社内の階段」を上がっていくときに、そして何より「人生
の階段」を上がっていくときに気づくと思いますが、極めて重要なことです。
なぜなら、あなたがその上司から教えられた通りのやり方、指示された通りのやり方で、
指示された通りの成果を出し続けていくとされば、いつまでたってもその上司を追い抜く
ことはできません。いつまでたっても、その上司のレベル以下です。
―江口克彦『仕事の基本』(日本実業出版)
私の尊敬する故・板坂元(いたさかげん)さん(ハーバード大学講師)が、かつて、E.ヘミングウェイの『日はまた昇る』を読んでいて、お酒の種類が非常に多く出てくることに気づかれました。書き抜いてみると二十数種類にもなりました。これを集めてゼミで試飲したらどうなるだろうか?そんなアイディアを雑誌に書いたところ、ある雑誌が「それを実験しましょう」と申し出てきました。それ以後、ヘミングウェイとスペイン、あるいはヘミングウェイと酒、といったエッセーや講演を何度か頼まれるようになったのです。小説の読み方もいろいろあって、違った切り口で読めば、それだけに新しい味が生まれてくる、というお話です。
日本では、人と違うことを考えたり実行したりすると「変わった人」「変な人」と言われかねません。が、そういう「出る釘は打たれる」「物言えば唇寒し」といった考え方は、人間の創造性を押しつぶしてしまうものです。アイディアとか発想は、お酒落と同じで、人と違うところを目ざすことから生まれるものです。お洒落は、流行を追って紋切り型になる努力と同時に、人に見せつけ人に差をつけるところに意味があります。つまり、「変わった人になる努力」が必要なのです。♥♥♥
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