教員採用試験の前倒しは有効か?

 教員不足が全国で深刻化する中で、各自治体では、教員採用試験の実施を前倒しする動きが広がっています。私の住む島根県でも、今年の教員採用一次試験は5月17日に実施されます。これは、試験の実施や合格発表の時期を早めて、公務員試験や民間企業の採用との競合を図り、教員の数を確保しようとするためです。文部科学省も、全国の教育委員会に対して試験の時期を前倒しするように要請しています。しかしながら、NHKの取材によると、昨年度の試験を前年度よりも早く行った自治体のうち、8割以上で受験者の数が減っているということが明らかになりました。

 こうした状況を受けて文部科学省は、
・2025年は教員採用試験実施の「標準日」を5月11日へとさらに前倒しすること
・試験を複数回にわたって実施すること
・大学3年生のうちに試験の一部を受けられるようにすること

などを全国の自治体に要請しています(今年の全国の採用試験の日程一覧はコチラをご覧ください)。

 しかしどう見ても、これらの施策が抜本的な解決につながるとは私にはとうてい思えません。抜本的な教員の処遇改善や働き方改革を早急に進めない限り、人気回復を期待することは難しいでしょう。それどころか、こうした施策が逆に「教職はこんなに不人気ですよ」という「ネガティブ・キャンペーン」にもなってしまい、さらなる人気低下につながっていく可能性もあるでしょう。昨年度の公立学校教員採用試験を前年度より前倒し実施した機関の85%で、受験者数が昨年度より減ったことが分かっています。教員のなり手確保策として文部科学省が求めた日程の前倒しでしたが、受験者減少に歯止めはかかっていないようです。

 ここでエジプトのお話です。三人の人夫が重たい石を運んでいました。かなりの重労働です。そこに一人の旅人が通りかかり、一人目の人夫に尋ねました。「何をやってるの?」人夫は答えました。「ごらんの通り石を運んでいるんだ」(牢働) 二人目の人夫に尋ねました。「何をやってるの?」「あそこをごらん。何か建物がつくりかけてあるだろ。あのための石さ」(労働) 三人目の人夫に尋ねました。「何をやっているの?」三人目の人夫は額の汗をぬぐいながら答えました。「自分はいまエジプトの文明を築く仕事をしている最中です」(朗働)三人目の人夫には明らかにビジョンがあり、理念があり、使命感に燃えていました。この三人のうちで誰が一番良い仕事をするでしょうか?「牢働」「労働」「朗働」の分かりやすい例として挙げてみました。マネジメントやリーダーシップに関する研修のなかで、よくこういう話が紹介されます。

 教員採用試験の在り方については試行錯誤が続いていますが、はたしてその検討に当たっては「全体像」や「ゴール」は明確になっているのでしょうか?理想や使命感を突き詰めているのでしょうか?とりあえず、「石を運んでいるだけ」のような気がしてなりません。もしも、「完成予想図」がないままに安易な手が打たれているのだとしたら、よかれと思って「ネガティブ・キャンペーン」をやるような迷走が、今後も続いていくことになります。

 教員志望者を増やす対策の一つとして、文部科学省は、採用試験の1~2カ月の前倒しを各県の教育委員会に呼びかけていますが、効果は疑問、という声は多いのです。教員採用試験は日程がかぶらない限り、併願が可能なので、時期を早めても、本命ではない「お試し受験」の人が増えるだけで、結局は内定辞退者が続出、といった弊害も起きています(⇒私のコチラの記事をご覧ください)。採用試験の早期化は、「早期化すること」が目的ではなかったはず。教育改革においては、いつの間にか「手段」が目的化することはよくあります。すでに走り出したとはいえ、採用試験のあり方や方法について、一度立ち止まって、功罪を検証し、より意味のある政策を打ち出すべきだと思います。

 教職の道に進む学生・社会人は年々減少しています。2021年度の公立学校教員採用試験の倍率(競争率)は全体で3.9倍と、過去最低だった1991年度の3.7倍に肉薄しています。特に公立小学校においては、2.6倍と、過去最低だった2020年度の2.7倍を下回りました。教員採用試験の倍率は2000年度の13.3倍をピークに低下に転じ、それ以降は20年以上にわたって下がり続けています。日本の「教師のなり手不足」はかなり深刻です。倍率だけで単純に論ずることはできないにしても、13人から1人を選ぶ採用と、3人から1人を選ぶ採用とでは、必然的に人材の質に大きな差が出てくることになります。公立小学校教員の採用倍率の低下を報じた「毎日新聞」の記事(2019年12月23日)にも、「組織で人材の質を維持するのに必要とされる倍率は3倍とされ、『危険水域』を割った」とあります。2倍を下回る自治体では、危険水域どころかもう警報レベル級の段階です。 

 教師は決して子どもたちに人気のない職業ではないのに、どうして教員採用試験の倍率がこうも低下しているのかというと、その理由としては大きく次の3つが考えられます。

 1つは、大量退職、大量採用の波です。1971〜1974年頃、第二次ベビーブームで子どもの数が急激に増えました。いわゆる団塊ジュニア世代です。この時、児童生徒数の増加に合わせて大量に採用された教員が、一斉に定年退職のタイミングを迎えています。大量に退職する分を新規採用で補わなければなりませんが、思うように受験者数は増えていないのです。

 2つめは、民間企業に人材が流れてしまうことです。一般企業の就職活動は大学3年生の3月から情報解禁となり、筆記試験や面接などの選考を経て、4年生の6月頃から内々定や内定が出始めます。外資系や一部マスコミなどは大学3年生の秋には選考があるため、さらに前倒しで就職活動をします。それに対して、教員採用試験は1次が6〜7月、2次が8〜9月、そして合格発表は10月頃です。どんどん進路を確定させていく仲間たちの中で、試験勉強を続ける精神的負担に加え、不合格の結果が出てから就活をしても遅い、かといって先に就活をして企業から合格をもらっても内定承諾書の提出を待ってもらえない、という物理的な難しさもあります。給料面での格差もあるでしょう。進路変更をする学生がいても仕方のないことかもしれません。

 3つめが、教職へのイメージの悪化です。以前から教師はハードな仕事として知られていましたが、ここ10年ほどは、それが「ブラック労働」という負の文脈で語られることが多くなりました。長時間労働による教師の過労死や、教師間のいじめ問題が報道されたり、教師による体罰やセクハラ、いじめ自殺の隠蔽などの不祥事が暴かれたり、モンスターペアレントや学級崩壊に悩み疲弊していく教師たちがSNS上で声を上げたりしています。そういった情報が人々の目に触れやすくなったことで、「学校=ブラックな職場」というイメージが出来上がってしまったのです。当然敬遠されがちになりますね。

 教員の不人気による教員不足からくる深刻な事態が顕著になってきています。「教職不人気で加速する『教員の学力低下』の深刻度」という題で、『Newsweek日本版』が2月5日に発表したところによれば、教員の出身大学で、偏差値が50未満の大学出身者が4割近くになっているということも判明しました。つまり、社会の中で学力的に低いと位置づけられている学生が、学校現場で児童・生徒に教えているのです。記事でも、「倍率が高かった20年前であれば採用されなかったような人が、教壇に立っている」と指摘しています。教員の不人気から来る教員不足が、「教員の学力の低下」という深刻な現象につながっていきます。

 学校現場の崩壊が始まっています。教員の待遇改善のために政府が行おうとしていることは、効果が薄いことははっきりしています。教職調整額の4%を10%にしようが「定額働かせ放題」の実態は継続されます。

「そもそもお金云々ではなく、教員があたかも『何でも屋』のように扱われている現状を変えなければならない。現場の教員が思っているのは、『カネはいいから、時間(ゆとり)をくれ』に尽きる。教員は、教えることの専門職。この原点に立ち返り、役割革新を進めることが真の処遇改善というものだ。」

 それともう一つ大切なこと。「働き甲斐」を持って毎日の教育にあたれるように、やり甲斐や使命感のある環境を整えることが急務でしょう。教職は他の職業では味わうことのできない魅力ある職場だと私は思って長年働いてきました。いくら土曜・日曜がなくても、毎日遅くまで残業しようと、辛いと思ったことはあまりありませんでした。それを上回るものを生徒たちが持って来てくれたからです。♥♥♥

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