JR京都駅ビルなどの設計で知られる建築家の原広司(はら・ひろし)さんがお亡くなりになりました。88歳でした。東京大学で建築を学び、東大生産技術研究所の教授に。日本の現代建築を数学、哲学、芸術などの幅広い視野で牽引しました。1970年代に行った世界の集落の建築調査を設計に生かしました。「空き地の空気は自由だ。空き地の空気はカオスだ」が持論です。超高層ビル2棟を連結した梅田スカイビル(大阪市)や、大きな吹き抜けと谷のような階段を備えたJR京都駅ビル(京都市)、庭のような建築として構想した札幌ドーム(札幌市)などを設計しました。後進の育成にも力を注ぎ、隈研吾(くまけんご)さんの師として知られます。
日本のかつての首都であった京都。数多くの歴史ある仏教寺院、庭園、皇室の宮殿や御所、神社、伝統的な木造家屋で知られ、国内外から多くの観光客で賑わいます。そんな京都の顔とも言えるのが「京都駅ビル」。京都の和の情緒漂うイメージとは一変し、長さ470mの長大なコンコースを中心に据えたダイナミックな空間をガラス面が覆う巨大建築です。設計を手掛けたのは建築家の原 広司さん。この建築は「BCS賞」、「ブルネル賞」、「京(みやこ)環境配慮建築物優良賞」を受賞し、原さんの名を広めた代表作の一つとなりました。
JR京都駅は1994年の平安建都1200年を記念して、JR西日本と京都市が計画しました。後世に残る優れた建築を期待して、日本の鉄道駅舎としては異例の国際指名コンペ方式で行われ、国内外の建築家7名で行われました。新駅ビル設計者には、原広司 、安藤忠雄 、池原義郎 、黒川紀章 、ジェームス・スターリング 、ベルナール・チュミ 、ペーター・ブスマン の7名の複数の名だたる建築家が指名されました。設計審査の結果、原広司案、安藤案、スターリング案の3案に絞り込まれ、さらなる協議を経て、原広司案が最終案として採用されました。提出された七つの案は、いずれも力作で甲乙つけがたく、審査は難航しましたが、2日間にわたる慎重審議の末、選ばれたのは羅生門をイメージした単純明快な黒川案や安藤案ではなく、複雑な機能を表現した原広司案でした。中央改札口を底辺に置き、谷を思わせる構造でした。おもてなしの舞台のような構内で、にぎやかな集落のイメージがありました。
京都駅周辺は、高さ120mまでの建築物が建築可能となる特例措置が設けられており、高さ制限の緩和は古都の景観を損なうものとして反対意見も根強かったため、建物のボリューム・高さによる圧迫感を回避し、いかに周辺環境との調和を図るかがポイントになりました。原さんの案は、最大高さを60mに抑えた上で、南北方向の道路に合わせて建物を分割して視線を通すなど、圧迫感を回避するような配慮を随所に設けたことが評価され、採用されました。また、「歴史への門」を設計コンセプトに据え、京都の条坊制(碁盤目状の都市区画)を意識し、駅構内に碁盤の目を取り入れているのも大きな特徴です。
建築は、地上16階、地下3階、延床面積236,000平方メートルの規模で、高さは京都市最高の60m。駅ビルの幅は450mにも及び、百貨店(JR京都伊勢丹)、ホテル(ホテルグランヴィア京都)、京都劇場から構成される複合商業ビルです。東側に建つホテルグランヴィア京都 、西側に建つJR京都伊勢丹の間の中央コンコースは、4,000枚のガラスを使用した大屋根(横幅147m、奥行29m、高さ50m)で覆った巨大なアトリウムとなっています。吹き抜けの最上部には地上45mの空中径路が通っており、吹き抜けから東西へは渓谷状の階段が設けられています。コンコース西側より吹抜け大空間を見ると東側上階のホテル9階レベルには東広場があり、16階レベルには客室廊下を結ぶブリッジが架かっています。ガラス屋根の高さは約50m、中央部とクロスヴォールト部分は1.44mを基本グリットとした一体のトラス構造となっています。
一方、コンコース東側より吹抜け大空間を見ると、テラス、室町小路広場、大階段とガラス屋根の架かった屋外空間にはホテル側と百貨店側の東西を空中で結ぶスカイウェイが見える。大階段は百貨店の各階へとアクセスし、キャノピーは円弧を組み合せしたトラス構造となっています。
大階段を登り切った屋上には「大空広場と葉っぴいてらす」と名付けられた、竹やぶが設置された広場があり、碁盤の目のデザインが京都らしい落ち着きが感じられる空間に。反対側の屋上には「東広場」が配され、「大空広場と葉っぴいてらす」とは一変し、西洋風なデザインとなっています。京都の和の印象を覆すような近代的で重厚感のあるデザインが特徴的な「京都駅ビル」。一見、古都とは異なるスタイリッシュな印象を与える建築ですが、そこには京都の景観を配慮した数々の工夫が施されていました。京都の街の歴史とともに成長する重要拠点として、国内外の人々に愛される空間を目指しました。ところが、この建築には京都市民にしろ、観光客にしろ、賛否がまっ二つに分かれます。反対派の主な主張は京都の伝統が反映されていないということでした。
私が敬愛する故・西村京太郎先生の、駅シリーズの長編推理小説に、『京都駅殺人事件』(2000年)という作品があるんですが、この中には、上で述べたような反対、賛成の意見(景観論争)が随所に出てきます。西村先生が、登場人物を通して、京都駅観を披露しておられるものと思って、丹念にマークをしながら、私は読みました。私の気づいた箇所を拾ってみます。♥♥♥
<京都駅長殿>
京都の新しい駅は、醜怪である。歴史の町京都には、まったくふさわしくない。
古都の景観を損ない、内外の笑い物だ。
私は、この醜いビルを破壊することを決意した。
まず、自分たちの手で破壊し、真に京都にふさわしい駅に造り変えことを約束せ
よ。
それが出来なければ、私が爆破する。これは、脅しではない。私は、時限爆弾を
用意している。
七月九日の午後二時に、電話する。
それまでに考えておけ。 真に京都駅を愛する者> (pp.35-36)
「新京都駅については、賛成、反対と、意見はありますし、投書も来ます。京都
の町にマッチしていないとか、この京都駅が壁になって、京都の町が見えないと
いった苦情もあります。京都タワーのときと同じです。しかし、気に入らないか
らといって、爆破するという脅迫は初めてです。」……「設計が斬新だという人も
いますし、身障者に優しい駅だと、賞めてくださる人もいるんです。構内にホテ
ルもあって、便利だという声もあるんです」 (p.44)
「だから、自分たちで、破壊しろといってるんだ。一時、駅を閉鎖して毀してい
けば、誰も傷つかないじゃないか。あんたたちは、そうやって古い駅舎を毀し、
軍艦みたいな今の駅舎を造ったんだ。同じことをやれと、いっているんだよ」
「駅を改修したのは必要があったからで、今の駅舎を、君のように嫌いだという
人もいれば、素晴らしいと賞めてくれる人もいる。従って、本当の評価は、何年
も何十年もたってから下されるものだ。それまで待ってほしいね」 (p.49)
その点、新しい京都駅の駅舎は、車椅子がいつでも自由に使えるし、各ホームを
つなぐ跨線橋の上の各ホーム真上に、エレベーターの入り口がある。荷物兼用で
はないので、車椅子の人間が、勝手にそのエレベーターに乗って、ホームへ降り
られるのだ。車椅子の人も足腰の弱い老人も、エレベータでホームへ降りられる
し、別のホームへ移っていける。 (p.53)
窓際に腰を下ろして、駅舎を見ながら、コーヒーを飲む。「堂々としているとい
えばいえるし、犯人のいうように、醜悪だといえば、いえる建物だな」 (p.67)
屋根のない空中庭園へ行く階段とエスカレーターである。
二人も、昇りのエスカレーターに乗ってみた。ゆっくりと昇って行くにつれて、
駅全体が視界の中に入ってくる。
各階には、踊り場的な広場ができていて、そこで乗りかえて、エスカレーター
はさらに昇って行く。
四階には、コンクリートむきだしの広い庭園ができていた。まだ作業が続いて
いて、ユニフォーム姿の五、六人の作業員が、植木をコンクリートの鉢に植えて
いた。
コンコースの混雑から逃れて、この空中庭園で、ぼんやり休息をとっている何
人かの乗客の姿があった。……
「ひょっとすると、この空中庭園で、犯人と追っかけになるかもしれませんね」
と、亀井が周囲を見渡した。
ここから、さらに、昇りの階段があり、「空中径路」という文字が見えた。
Sky Wayという英語もあった。が、時間制限があって、入り口は閉ざされていた。
そこを、警察手帳を見せて、二人は昇ってみた。
たぶんここが、京都駅でいちばん高い場所なのだろう。ジュラルミンのパイプ
が頭上で交錯し、その下を細い通路が延びていた。
「まるで檻の中だな」と十津川は感想をいった。 (p.76)
「そうだ、だいたい、今の京都駅は醜悪だ。これは京都の駅なんかじゃない。
そんな駅に京都という標示板を飾るな、あれを撤去しろ。そうしたら、もう一度、
交渉に応じる。それができなければ、こちらとしては交渉を止め、駅を爆破する」
「ネオンを消すだけでは、駄目か?」
「そんな姑息なことで、我慢できると思っているのか。全部、撤去しろ。それ
から、ステーションという文字もだ。あの建物は駅なんかじゃない」 (p.105)
<醜悪な京都駅を、建て直しましょう。
古都にふさわしい駅をという、人々の願いは、軍艦のような新しい京都駅によっ
て、みじんに、砕かれてしまいました。
四十五メートルの高さ制限も破られ、今やあの不粋な建物によって、京都は南北
に分断されてしまったのです。
私は、古都、京都を深く愛する一人であります。毎日、あの醜悪な建物を見てい
るのに耐えられなくなっています。私と、同じ思いの人々は、たくさんおられる
と思っています。
今からでも、遅くはありません。一刻も早く、あの建物を取り毀し、真に古都に
ふさわしい駅舎を建てましょう。
皆さん、声をあげてください。 真に京都駅を愛する者> (p.192)
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