衝動的判断は×

 大ファンの故・外山滋比古(とやましげひこ)先生『「忘れる」力』(潮文庫,2022年)を読んでいて面白いなと思った文章があります。英文を読む上で、非常に大切なことを述べておられます。

 欧文のパラグラフにははっきりした構造と組織がある。典型的なのはA・B・Cの三部に分かれる。Aは一般的、抽象的な書き方がしてあり、Bはその具体例などが述べられる。Cはまた抽象的表現に戻って締めくくる。この三者が同心円のように重なるのがよいとされる。
 この構造に不案内だったりするとひどい目にあう。以前、大学入試で英文和訳の問題が必ず出た。その答案を採点していておもしろいことに気付く。さきのAの部分の原文の下を鉛筆の線が往き来していて苦心のあとを留めている。それが突破できずに失敗するのであるが、Bへ行けばわかりやすく、そこから返ってみればAもわかる。A止まりだから失敗するのである。(p.97)

 毎年生徒たちに言って聞かせていることは、英語の文章は【抽象】から【具体】へ流れ、難しいことを言ったら必ず言いっ放しにしないで、その分かりやすい説明が後に続くから、難解な部分だけであきらめずに、次に続く【具体】(ヒント)の部分を利用して【抽象】(問題となりやすい下線部分)を考えるようにしなさい、ということです。英語の苦手な人ほど、難解な下線部分だけをにらめっこしていくら考えても分からずギブアップしてしまう、ということが多いようです。ちょっと辛抱してその先を読めば、ある程度理解できるヒントが転がっているのにもったいないことです。下線部分だけを読んで、「あ、これはダメだ。分からない!」と衝動的に判断してはいけません。

 尊敬する故・渡部昇一(わたなべしょういち)先生『人生の手引き書~壁を乗り越える思考法~』(扶桑社、2019年)にも、「衝動的判断は×」という似たような記述があります。

 大学で英語の教師をやっていて、非常に面白いと思ったことがある。英文を訳させると、できない生徒は、決まってパラパラと見て知っている単語があれば、そこからパッと訳し始める。文脈などあまり考えず、知っている単語があると片っ端から訳していくのである。一方、できる生徒は、読むにしたがって次々と勝手な解釈が出てくるのを抑え、まずひととおり文脈を追う。わかる部分から始めたいという衝動を抑え、知っている単語があっても文脈からじっくりと捉えなおしているようである。
英語の訳文ばかりではない、ディスカッションでも、こう主張したいという衝動にかられることはよくあるが、できる人ほど、そこで少し抑え、冷静にデータなどの裏づけを検討してから発言するようである。人が発言しているときに、ちょっと自分の意見と相違があると思うとすぐに割り込みたくなるのはわかる。しかし、ここでぐっと抑えて、この人の意見にも一理あるかもしれないと考えるのが、大切である。アホらしい思いつきで笑わせるのはテレビのショー番組だけと思ってよい。漫才には漫才の効用がある。しかしショーや漫才は特別の世界である。大を笑わせたり、あっと言わせれば成功という世界だ。普通の人生を歩む大にとっては異質である。そこを間違えてはいけない。即断即決を否定するつもりはない。まるで天からの声が聞こえたかのように、直感が働くこともある。だが、文脈を追わずにわかるところから訳す、あるいは、前後の脈絡や人の意見など気にもせず自分の主張を繰り広げるなど、自分に対する甘やかしのような衝動は、あとから後悔することが多い。それは、直感とは程遠い、ただの短絡思考でしかないのだ。学生のうちは許されても、社会人ともなれば、甘やかされた衝動はますます抑えねばならなくなる。衝動的な人ばかりだと、組織がめちゃくちゃになってしまうからだ。たとえば、入社いくばくもない社員で、「この会社は能力を高く評価してくれない」と言って辞めてしまう人がいるが、これも、自分を甘やかしているにすぎない。もちろん、その人が辞めたことで会社の売り上げが極端に下がり、倒産の危機にさらされるようなことになれば、その人は正しかったと言えるのかもしれない。しかし、その人一人辞めたところで彼らの日常が変わらないとなれば、この衝動的な判断は、まったく役に立たなかったということだろう。道を誤らないためには、こういう幼稚で短絡的な衝動に飲まれないよう、心がけることだ。(p.166-168)

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