桂小金治とハーモニカ

 ワイドショーの司会、映画やテレビドラマでも活躍された落語家でタレント・桂小金治(かつらこきんじ、1926―2014)さんのお話です。1926年東京、杉並の魚屋の長男として生まれ、桂小文治師匠の弟子となり、落語界へ入門します。1949年二つ目に昇進し、桂小金治となります。その後、テレビ界に進出。ワイドショー番組『アフタヌーンショー』のメイン司会者となり、「怒りの小金治」の異名をとりました。また、NTV『それは秘密です』の司会も担当し、18年間続いたご対面コーナーでは、「泣きの小金治」として、お茶の間に感動を届け続けました。私が長年毎月愛読している月刊『致知』(致知出版)で、かつてこの小金治さんの感動的な話を読んだことがあります。

 10歳の頃、桂小金治さんにとって忘れられない出来事があるといいます。当時ハーモニカが流行していました。ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。無理だとは知りつつも、家に帰ってハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみました。すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と神棚の榊(さかき)の葉を一枚取って、それで「ふるさと」を吹いたんです。あまりの音色のよさに思わず聞き惚れてしまいました。もちろん、親父は吹き方などは教えてはくれません。「俺にできておまえにできないわけがない」そう言われて学校の行き帰り、葉っぱをむしっては一人で草笛を練習しました。しかし、どんなに頑張ってみても一向に音は出ません。諦めて数日でやめてしまいました。これを知った親父がある日、「おまえ悔しくないのか。俺は吹けるがおまえは吹けない。おまえは俺に負けたんだぞ」と一喝しました。続けて、「一念発起は誰でもする。実行、努力までならみんなする。そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。一歩抜きん出るには努力の上の辛抱という棒を立てるんだよ。この棒に花が咲くんだと。いい言葉です。その言葉に触発されて来る日も来る日も猛練習を続けました。そうやって何とかメロディーが奏でられるようになったんです。草笛が吹けるようになった日、さっそく親父の前で披露しました。得意満面の息子を見て親父は言いました。「偉そうな顔するなよ。何か一つのことができるようになった時、自分一人の手柄と思うな。世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。錐(きり)だってそうじゃないか。片手で錐は揉めぬ」努力することに加えて、人様への感謝の気持ちが生きていく上でどれだけ大切かということを、この時、親父に気づかせてもらったんです。翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ細長いものがありました。開けてみたらハーモニカでした。喜び勇んで親父のところに駆けつけると、「努力の上の辛抱を立てたんだろう。花が咲くのは当たりめえだよ」子ども心にこんなに嬉しい言葉はありませんでした。あまりに嬉しいものだから、お袋にもこのことを話したんです。するとお袋は、「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。お父ちゃんが言っていた。あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」と。目から大粒の涙が流れ落ちました。今でもこの時の心の震えるような感動は、色あせることなく心に鮮明に焼きついていました。

 このお父さんの全ての言動に、たくさんの学びがぎっしりと詰まっているように思います。 「いい音ならこれで出せ」と、“物を買って”というお願いを学びの機会に代え、「俺にできておまえにできないわけがない」と、息子の可能性を徹底的に信じる。「一念発起は誰でもする。実行、努力までならみんなする。そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ」継続することの大切さを伝え、息子の消えかけた想いに、もう一度火を灯す。父として、息子の可能性を信じつつ、息子自身に自分自身の力を気付かせる。そして自分の力でできた息子を褒め称えつつも、感謝の気持ちの大切さをこんこんと説く。これこそまさに、“人を育てる”ということではないか、と感じます。部下や息子に指示や管理をし、「これをしろ。あれをしろ」とする方が、回り道をさせず、短期的な結果も出やすいかもしれません。しかし、本当の“教える”ということは、この父親が行ったように、「自分自身で出来る」ことに気づかせることなのでしょうね。リーダーシップとは、「指示・管理」ではなく、「相手を導き、その力を解放すること」。その真髄を見たような気がしました。成長して欲しい気持ちを強く思い、厳しい態度ではありますが突き離す、でも心の内はその人が一番苦しいかもしれません。突き放して見守る、でも何時も見ている。そんな人間になりたいな〜と思いました。教育の原点ですね。 教育の世界で長い間メシを食べてきた人間としての率直な感想です。

 桂小金治さんのお父さんはずいぶんと厳格な人で、人と同じことをしているとひどく怒られたそうです。人の倍、3倍努力して、初めて一人前になれるのだという叱咤激励の中、並々ならぬ努力と辛抱の末、今の自分があるのだと回想しておられました。お父さんにはいろいろなことを学んでおられます。例えば、「商売」は、「笑売」と書いて、笑顔を売るものだと教えてくれたそうです。いくら忙しくても、辛くても、笑顔でお客様に品物を渡し、笑顔で「ありがとうございました!」とお礼を言うものだそうです。笑顔を売るのが商売なんです。

 小金治さんは、子どもの頃、群馬県からお父さんと二人で、リヤカーを引いて上京したそうです。三日三晩かかり、野宿をした横の畑でサツモイモが作られていて、小金治さんが「貰って食べよう」と言うと、「今これを盗んで食べたら、一生イモを食べる度に、この日盗んだことを思い出す。それでも食べるか?」と言ったそうです。小金治さんは渋々あきらめましたが、あの時食べていなかったから、現在イモを美味しく食べられるのだと回想しておられました。♥♥♥

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