マーくん、200勝!

 巨人の田中将大投手(たなかまさひろ、37歳)が9月30日の中日戦(東京ドーム)で今季10度目の先発登板。6回4安打2失点と好投して今季3勝目(4敗)を挙げ、野茂英雄(201勝)黒田博樹(203勝)ダルビッシュ有(208勝)に続いて、史上4人目となる日米通算200勝目(楽天119勝、巨人3勝、ヤンキース78勝)の金字塔を記録しました。1学年下の小林と1軍では今季初バッテリーを組んでマウンドへ向かいました(2軍では4度バッテリーを組んだ)。初回を無失点で立ち上がると、その裏、打線が一挙3点を先取して援護しました。3回には細川に右中間スタンドへ20号2ランを浴びて3―2と1点差に迫られヒヤヒヤものでしたが、ずるずるといくことなく4回以降は無安打投球。わずか1点リードでの降板となりましたが、中川、田中瑛、大勢、マルティネスと自慢のリリーフ陣が無失点リレーでマー君の白星を守り抜きました。8回に大勢が2死一、二塁のピンチを招くと、阿部監督は今季初めて守護神のマルティネスを投入。同時に二塁の増田陸を一塁に回し、二塁には増田大を入れて守備を固める執念采配で白星をものにしました。田中将の投球内容は6回で打者23人に対して85球を投げ、4安打2失点。4三振を奪い、与えた四球は2つ、直球の最速は148キロでした。

 田中投手は巨人デビュー戦となった4月3日の中日戦(バンテリンD)で5回5安打3四球1失点と粘って移籍後初登板・初先発・初勝利。8月21日のヤクルト戦(神宮)で5回3安打1失点と好投し、5登板&140日ぶりとなる今季2勝目を挙げて日米通算200勝に王手をかけていました。あと1勝、手が届かないまま、打ち込まれて199勝で三度足踏みをしていました。9月21日の中日戦では5回1/3を投げて失点、今季4敗目(2勝)を喫していました。

 日米通算200勝に王手をかけながら3連敗と足踏みをしていた田中投手「マー君、人の子、普通の子」になっていました。今の田中投手には、スピードがあまりありません。それに伴って、キレもそんなにないのです。今、思い出してほしいのは、野村(克也)監督が繰り返し言っていたことです。やっぱり、アウトローへの真っ直ぐを大切にしたら、勝てないピッチャーではないと思います。メジャー移籍後、野村さんと中継で繋いだ対談番組がありました。「『マー君、困った時はアウトローだぞ』野村さんは言ったのですが、マー君はそれを否定したのでした。『こっちでは(アウトローでも)放り込んでしまうくらいのパワーがあるバッターがいるんです。(だから対策として)ボールをベース上で動かしたりだとかが必要なんです』といったようなコメントでした。現地で経験したことを言っていたのでしょうが、それで日本に戻ってきて通用するかというと、日本の野球は日本の野球です。メジャー時代にはボールに力があったし、球が動くのも大きかったと思うのですが、日本に帰ってきてそれをやっても、勝てませんでした。何かが違うんです。何かっていうのは、野村さんの言葉をもう一度紐解いて、何を言われてきたかのかを噛みしめて欲しいと思っていました。この日は前半の投球を小林捕手がフォークを封印して外角低めのストレートを中心に組み立てていました。最後の回だけは全球変化球で幻惑しました。2軍調整中の田中投手桑田2軍監督「マー君のアウトローはどれ?」と尋ねると、構えた場所は想像したよりも高かったと言います。地面から50センチの高さに投げることを求めると、「そんなに低いんですか?」と驚きました。「それができたら勝てるから。アウトローが高くなる。変化球は甘くなる。それでは抑えられない。フォームは関係ない。僕が教えたのはそこだけ」と、野村さんに代わり、同じ理論・頭脳の桑田再生工場田中投手を導きました。

 試合後の会見では、プロキャリアをスタートさせた2007年に楽天の監督だった野村克也さん(2020年2月死去)について言及しました。田中投手野村さんに何と報告をしたいか問われると、「やりましたよと。うーん、ただ、時間かかりすぎだ、バカ、と言われそうですけどね」と答えました。1年目のキャンプ中から厳しい言葉もかけられながら「マー君、神の子、不思議な子」などの名言?も生まれました。「プロ野球の世界に入って、最初にプロ野球のイロハをたたき込んでもらった方だと思います」と感謝の思いです。プロ19年目の今でも胸に残る教えは「ピッチャーはコントロール」「原点の外角低めにいつでも投げられるようにしなさい、としつこく言われました」と回想していました。

 巨人首脳陣の「覚悟」が、偉業を後押したと思われます。楽天を自由契約になっていた右腕の獲得は阿部監督「まだまだできる」と熱望したことに始まります。日米通算197勝の大投手の加入に、内海投手コーチ「初めの数カ月は気を使っていた部分もある」と振り返る。それでも「監督のマー君を勝たせたいという本気度が伝わってきたから」と決してお客さん扱いはしませんでした。本格的な再調整へ、「投げ抹消」以外で初めて出場選手登録を外れた5月2日。杉内投手チーフコーチ内海コーチが思いをぶつけました。「実績は到底かなうようなレベルじゃないけど、マー君の年齢の時に“もっとこうやっとけば良かった”ということは伝えられる。今が、その時やと。今までやってきたことを継続するんじゃなくて、思い切って何かに取り組む。俺はそれができひんかったから」。それぞれの経験を余すことなく伝えました。キャンプから指導した久保巡回投手コーチは時には「もっと“こうじゃないですか”と気持ちをぶつけてきてほしい」と注文するなど、熱意を持って指導しました。その出会いと結集がなかったら、積み上げられなかった3勝だったかもしれません。

 面白いことがありました。この日リリーフ登板した中川投手は試合後に、「めっちゃいややったです正直(笑)。1点差やったし、一番接戦のケースじゃないですか、なので、本当にできれば投げたくなかった(笑)」と緊張感あるマウンドでの登板に本音をこぼしながらも、「でも逆をいえばこういう試合に、貢献できたというのはすごい一生に一度、あるかないかくらいのことだと思うのでそれは本当今となって勝ったので。一生残るのでそれは光栄に思います。200勝に最後、携われてよかったです」と語りました。救援陣が踏ん張って0点に抑えて200勝の実現です。この日登板したリリーフ陣と小林捕手で、インタビュー後記念写真をマウンド付近で撮るところが中継されましたが、なぜか中川投手だけがいません。あれ?と思いました。真相は、「写真撮ったらしいじゃないですか、僕だけ普通にトレーニングしていました。誰も呼びに来てくれなかった」中川投手田中投手と中継ぎ陣の記念撮影に入りそびれ、苦笑いでした。呼びに行ってあげればいいのに。♥♥♥

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